大川の渡し船


●昔むかし
「大川の渡し船」

金光教放送センター

朗読:杉山佳寿子さん

 昔むかし、ある所に、茂平もへいという働き者の若者がおりました。茂平は町から村へ、村から町へと薬を売り歩くあきんどでした。ですから、家を長い間、留守にすることが多かったのです。
 さて、その茂平、一仕事終えて自分の村へと一目散に帰ります。なぜかというと、茂平の若いおかみさんに、もうすぐ赤子が生まれるからです。留守中のおかみさんの事も、生まれてくる赤子の事も、茂平は心配でなりません。一時も早く家に帰ろうと足取りは速くなります。
 夕方、やっと大川の渡し場に着きました。ここ数日、秋の長雨が続いておりましたので、茂平が案じていたように大川の渡しは川止めとなっており、たくさんの人々が船を待っておりました。その時です。
「船が出るぞー」
と声がしました。やれうれしやと駆け付けた茂平で船は満員になりました。「やれ助かった」と心の中で神様にお礼を言い、船に足を掛けますと、後ろから袖を引かれました。見ると若い娘です。
「どうしなさった?」
 茂平が声を掛けますと、若い娘は泣きそうな顔をして、
「申し訳ありませんが、おっかさんが病で死にかけておりますので、私と代わって頂けないでしょうか?」
と言います。さて、と茂平は考えました。
「死にかけているこの娘さんの母親と、生まれてくる俺の赤子とどっちが大事だろうか。どっちも大事だが、生まれてくる赤子は、5人も子育てをした隣のおつねさんに、くれぐれも頼んである」
と思い、娘に譲ってあげ、今夜の宿を探しに行きました。
 やっと宿が見付かり、荷物を下ろしてホッと一息ついた、その時です。何やら慌ただしい気配に、びっくりして外に出ると、川べりは大騒ぎです。茂平が乗るはずだった船が沈んでしまったというのです。集まった人々が、
「大川の水が増して、隠れていた岩に船がぶつかったそうだ」
「いや違う。船が出る前に、船頭が止めたにもかかわらず、何人か無理矢理乗り込んで、早く出せと、すごんだそうだ。人が多すぎて沈んだんだ」
「いや、あの船頭は船をこぐのが乱暴なんじゃ」
などと口々に言っています。
 茂平は大層驚き、あの娘さんのことが気に掛かりました。
『おっかさんが病なのに、娘さんまで亡くなってしまったのか。何とも気の毒なことだ』と思い、川に向かって手を合わせました。
 さて、次の朝は良い天気で、渡し場には客がぞろぞろと集まってきます。茂平はやっと船に乗り、やれやれと思っておりましたところ、何とあの娘が居るではありませんか。茂平はパッと顔を輝かせ、
「もし娘さん、生きていなさったか。良かった良かった。一体どうして?」
と尋ねますと、
「はい、あの後船に乗り込みましたところ、駆け付けてきたやくざ者のような人たちに、いきなり襟首をつかまれて、船から降ろされてしまいました」
「しかし、それは命拾いをしましたな。ところでおっかさんは、どのような病を患っていなさる?」 
と茂平が聞きますと、
「はい、心の臓の病で」
「私は薬の商いをしておりますので…」
と言いながら、茂平は荷物の中から薬を取り出し、
「あなたに会えたら、おっかさんはどんなに喜びなさるか。銭は要りませんよ」
と、遠慮する娘の手に薬を押し付けました。
 船が大川の中程に掛かると、揺れが激しくなり、その度に娘は手を合わせ、何事か祈っております。
 それをちらちらと見ていた船頭は、その度にゆっくりと艪をこぎ直します。娘は道中の皆の無事を祈っているのだと、茂平は気付きました。
 さて、茂平は船を降りると、それこそ一目散に我が家に駆け付けました。門口にはお常さんが立っています。茂平は、あわあわと、口も聞けずにいると、
「おめでとう、玉のような男の子ですよ」
とお常さんが言いましたとさ。

 おしまい。

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