●昔むかし
「吾作と庄屋さま」
金光教放送センター
朗読:杉山佳寿子さん
むかしむかし、ある村に、吾作というおじいさんが居ました。吾作の仕事は、山へ行って木を切ることです。
息子たちは言いました。
「おとうはもう年なんだから、山に入って働くのをやめたらいいのに…」
でも、働くことの好きな吾作は、「わしは死ぬまで木こりだ」と言って、息子たちの言うことを聞きません。
ある日吾作は、仲間たちと一緒に山で仕事をしていました。
いつものように木を切り倒していると、思い掛けない方向に倒れてきて、大木の下敷きになってしまいました。
「吾作、大丈夫か!」。吾作は返事をしません。
吾作が目を覚ますと、布団に横たわっていました。みんなが助け出して、家まで運んでくれたのです。息子たちは神棚に手を合わせ、お祈りをしていました。
「神様、どうぞ、おとうを助けて下さい」
「おーい。わしは生きとるぞ」
息子たちがそばに駆け寄って来ました。
「生きていてくれて本当に良かった。だから仕事をやめろと言ったんだ、こんなになって…」
吾作は足に大けがをして、自由に歩くことが出来なくなり、すっかり元気をなくして家に引きこもってしまいました。
毎日の楽しみは、5歳になる孫の平助を相手に、山での話をすることです。しかし、その後、決まって大きなため息をつくのでした。
平助はそんなお爺さんを可哀想に思いました。何とか元気付けてあげたいと思い、毎日神様にお願いしました。
ある日、平助が外で遊んでいると、村で一番偉い庄屋様がやってきました。
「おや、平助じゃないか、おじいさんの足の具合はどうかね?」
庄屋様は吾作とは幼なじみなのです。
平助は、吾作の様子を色々と話しました。
「ふーん、そうか。家の中もろくに歩かないのか、それは困った事だな」
数日後、庄屋様が訪ねてきました。
「おーい吾作、良い物を持って来たぞ」
それは立派な杖でした。
「吾作、今から歩く練習だ」
吾作は恐る恐る杖を持って、一人で立ってみました。そして、そーっと片足を出しました、ゆっくり1歩、2歩……。みんな、ハラハラしながらも顔を輝かせて吾作の足元を見詰めています。
「ああ、わしはこんなにもみんなに心配を掛けていたのか」
吾作は胸が一杯になりました。その日から、毎日毎日息子たちに助けられて歩く稽古をしたのです。
季節は秋になりました。ある日、庄屋様が言いました。
「なあ吾作よ、村はずれの大きな池まで行ってみないか。子どものころ、よくあの池で泳いだだろう。ほら弁当も持って来た。足がきつくなったら、途中でわしが負ぶってやるよ」
池の裏山は木々がすっかり色付いて美しい眺めでした。
「ああ、庄屋様はこれを俺に見せたかったのか」と吾作は思いました。
「なあ吾作よ、わしは庄屋を先日息子に譲ったよ。昔みたいに『市兵衛』と呼んでくれ」
びっくりしている吾作に、「この景色もこれで見納めかも知れない」とつぶやきました。
「一体どういうことです?」
「わしはな、年のせいか段々目が見えなくなってな、あの美しいもみじもぼんやりとしか見えない」
吾作は驚きのあまり、声も出ませんでした。
「でもな、わしは悲しんでなぞおらんよ。これからは、お前がわしの目となってくれ。わしはお前の足になってやる」
吾作は涙を浮かべました。
「…そうか。わかった。市兵衛、ありがとな」
2人の目には、ぼんやりしながらも、より一層美しい秋の景色が映っていました。
おしまい。