●先生のおはなし
「人は恋を失って育つ」
金光教麻布教会
松本信吉 先生
私は都内の金光教の教会で奉仕をさせて頂いている46歳。1つ年下の妻と、小学校5年の娘、小学校1年の息子の4人家族である。
先日、近所のおばあさんが、我が家を訪れて、孫からの預かり物を娘に渡してほしいと言われた。聞けば、私の娘と同級生の男の子のお孫さんがいるそうだ。おばあさんの娘さんが、アメリカ人と結婚して、時々、日本に帰って来ることがあり、その時は、娘と同じ小学校に通うとのこと。
去年、私の娘と同じクラスになったそうで、彼は娘を気に入ってくれたらしく、アメリカ土産のお菓子を渡そうと近くまで来たのだが、恥ずかしくて渡せなかったのだと言う。私は、おばあさんからお菓子を預かり、お孫さんによろしく伝えてほしいとお話した。
そして「○○くんのおばあさんがお菓子を持って来てくれたよ。○○くんのアメリカのお土産らしいよ」と学校から帰ってきた娘に手渡した。小学校5年の娘は、最初、よくその意味合いが飲み込めなかったようだが、その時、私は自分の若い頃のことを思い出していた。
私は高校1年生の時、岡山県で行われた金光教のキャンプに参加した。もう30年も前のことだ。全国の高校生が百名近く集まるキャンプである。初めての見ず知らずの高校生同士の集いで緊張したが、最初の自己紹介で何人かの男女と仲良くなった。
その中に、九州から来た同級生の女の子がいた。テニス部で少し日焼けした肌に、白いセーラー服がよく似合う、眼のパッチリした可愛い子で、方言混じりのゆっくりした口調も、都会育ちの私には魅力的だった。一目ぼれしたが、その思いを伝える勇気もなく、キャンプは終わった。
その次の年の正月、彼女から年賀状が届いた。「私のこと覚えていますか?」と。びっくりした。私の胸は高鳴った。男子校に通っていた私は、うれしくてたまらなかった。すぐに「今年もまたあのキャンプで会おう」と返事を書いた。夏が待ち遠しかった。
それから、どちらからともなく文通をするようになった。
当時は、携帯電話もインターネットもない。渋谷の大型文具店に封筒と便箋を買いに行って、選ぶのに1時間掛かった。手紙の文章を何度も下書きして、祖父の万年筆で出来るだけ丁寧に清書して送った。
返事が待ち遠しかった。毎日、学校の帰りに郵便受けを確かめた。
ある夕方、可愛い薄ピンク色の封筒が届いていた。ドキドキしながら、封筒を丁寧に開けて読んだ。学校でのテニス部での練習のことや、夏のキャンプを楽しみにしていることが書いてあった。私も近況を書き、部活や好きな音楽の話を書いた。そのうち、好きな曲の歌詞を書いて送り合うようになっていた。
夏が来て、渋谷のカジュアルショップで、はやりのTシャツやキャップを買い、それを着てキャンプに張り切って行ったが、2年生の時も、3年生の時も結局、はっきりと彼女に自分の気持ちを打ち明けることは出来なかった。やがて、互いに高校を卒業し、私は都内の大学に進み、彼女も地元の短大へ通った。彼女は短大を卒業して地元で就職すると手紙に書いてあった。
その時、私はどうしても彼女に自分の気持ちを伝えたいと思い、ハンバーガー屋でアルバイトをして貯めたお金で、飛行機に乗って九州へ行った。そして、空港でレンタカーを借りて、山あいの彼女の家まで行った。
彼女を車に乗せてドライブをし、話をした。「遠距離だけど付き合ってもらえないか?」と。彼女は「今は好きな人がいるから、ごめんね。でも、気持ちはうれしい」と言ってくれた。
私の5年間のはかない恋は終わりを告げた。大学2年の夏のことだ。
近頃は、ペンフレンドという言葉は死語になり、携帯電話やパソコンを利用してメールや、書き込みをして気持ちを伝え合うのだろう。でも、あのころの手紙を待つドキドキ感や、思いを募らす時間もまた貴重なものだった。今はどんなに距離が離れていようと、デジタルで瞬時に返信される。果たしてどちらがいいのだろうか?
娘の同級生は、アメリカに帰ったという。私は「ちゃんと手紙でお礼を書きなさいよ」と娘に言った。これから大きくなって何度か娘にも、こういうことがあるかもしれないが、お礼と自分の気持ちを正直に丁寧に相手に伝えてほしい。
あの時、彼女がちゃんと気持ちを伝えてくれたから、その後、私も素晴らしい妻と巡り会い、一男一女を授かり、今は幸せな家庭を頂いている。
一期一会という言葉があるように、その時々の出会いというものは、二度と巡っては来ない、たった一度きりのものなので、その一瞬を大切にさせてもらいたい。
神様は、必要な時に必要な出会いをさせて下さる。だからこそ、何事も丁寧、正直、親切にさせてもらいたいと思う。例え、ほろ苦い失恋であっても、お互いのその後の人生に必ずプラスになっていくはずである。娘にも神様が差し向けて下さった縁を大切にしてもらいたいと願う。
現代はデジタルの時代と言われているが、娘にも大事な時には、メールではなく、手紙や、直接会って、自分の気持ちを素直に相手に伝えてほしい。そうした経験が必ず、将来に生きると父は信じている。