●先生のおはなし
「入院生活のなかで」

金光教島之内教会
三矢田光 先生
(案内役)おはようございます。案内役の岩﨑弥生です。
よく「人生、山あり谷あり」と言いますよね。今日は、思いもかけない出来事に翻弄される中、神様と出会い、生き方が大きく変わり、見える世界が変わっていった方のお話です。
大阪府・金光教島之内教会、三矢田光さんのお話で、「入院生活のなかで」。
(本文)ショウイチさんは、親の愛に恵まれないで育ち、人に言えない苦労をしました。そのため、この世で信用できるのはお金だけだと思うようになったのです。
そんなショウイチさんの人生は、結婚により大きく変わりました。奥さんは一人娘でしたので、ショウイチさんは養子に入り、義理のお父さんが設立した会社で働くようになります。そして持ち前の営業力を発揮して、会社の業績を大きく伸ばしたのです。子どもも生まれ、幸せな家庭を築きました。お父さんと一緒に金光教の教会に参拝して、青年会で活躍しました。
義理のお父さんが亡くなられた後、ショウイチさんは社長となり、ますます業績を伸ばしました。けれども、その営業の仕方には、見えを張ったようなところがあり、生産の現場を大切にしないところがありました。
膀胱がんで半年入院していた間に、部下が会社の乗っ取りを図り、退院して立て直しをしようとしたのですが、結局会社は倒産してしまいます。
焦ったショウイチさんは、一獲千金を狙って怪しい事業に手を出し、ことごとく失敗します。ショウイチさんはますます焦り、ついには警察のご厄介になるようなことをしてしまいます。
罪の償いをして社会復帰したショウイチさんは、62歳で、ある会社の平社員として再出発します。
落ち着いた暮らしを取り戻してみると、これまでが悔やまれてなりません。先祖をお祭りする祭壇の前で、毎日義理のお父さんにおわびするのですが、いくらおわびしてもおわびが通る気がしないのです。
そんな時、結核にかかって専門の病院に入院します。ショウイチさんは思いました。
「教会の先生から、このお道は、人を助けて自分が助かる道だと教えていただいている。何もできないけれど、せめてお医者さんや看護師さんにお礼を言いながら、日々を過ごさせてもらおう」
同じ部屋に入院しているお年寄りがいました。その人は、預金通帳を見せびらかしては、「わしにはこれだけの財産がある」と自慢しました。身内の人がお見舞いに来ても、「財産目当ての見舞いなんぞいらん!」と追い返してしまいます。
ショウイチさんは、その老人を気の毒に思い、教会で先生から聞いたお話を思い出しながら、ぼつぼつと話しかけました。やがてその老人の気持ちは変わってゆき、家族のお見舞いを受け入れるようになりました。
それからまた、行き倒れた男の人が入院してきました。人を刺すような冷たく鋭い目をしています。早く死にたいと言って、お医者さんや看護師さんの手も払いのけてしまい、誰とも口をききません。食事もしようとしません。
ショウイチさんはその男の人に、少しずつ声をかけていきました。すると、誰とも口をきかないその男の人が、ショウイチさんにだけは心を許すようになっていったのです。
お医者さんも看護師さんも、その男の人に手当てをする時は、まずショウイチさんに頼んで言い含めてもらって、それから手当てをするようになりました。そうすれば手当てを受けてくれるのです。
その人の容体がいよいよ悪くなり、特別な部屋に移されました。
ある日の夜中、看護士さんがショウイチさんを呼びにきました。その男の人が呼んでいるというのです。
会いに行くと、その男の人は、針金のように細い手をショウイチさんに伸ばしました。そして、この痩せ衰えた病人のどこにこんな力があるのだろうかと思うような強い力でショウイチさんの手を握り、「ありがとう。ありがとう」と言いました。
そして夜の明ける前に、静かに息を引き取られたのです。
人を呪い、世の中を呪い、自分を呪っていた男の人が、この世を去る前に最後に残した言葉が、「ありがとう」だったのです。ショウイチさんは、そのことがありがたくてなりませんでした。
その後ショウイチさんは無事に退院され、奥さんと心穏やかな晩年を過ごされました。
(案内役)いかがでしたか。
ショウイチさんは、結婚して義理のご両親に出会うことで、初めて親の愛を知りました。ところが、またつらい出来事に見舞われます。その成り行きの中で、さらに神様に出会っていきました。
金光教では、神様を「人間、万物を育みお守りくださる親神様」と表現しています。ショウイチさんは、目には見えませんが、どんな時も片時も離れることのない親神様の愛に気付かれていきました。だからこそ、その温かい思いに感謝しながら人と関わっていくショウイチさんの思いが、かたくなになった老人の心に染みたんですね。
困っている人を助けたいという温かい気持ちは、誰もが生まれた時に神様から頂いて生まれています。けれども、時にその心がしぼんでしまうこともあります。
ショウイチさんが、親、親神様の温かさに触れ、その心を取り戻したように、冷たく鋭い目をしていた男性さえも「ありがとう」の心を取り戻しました。人は、変われるのだなと強く思わされました。