●先生のおはなし
「お父さん、がんばる」

金光教松阪新町教会
水野照雄 先生
私の奉仕する教会にお参りしている方の話です。坂本さんは40歳の男性。結婚して10年目でしたが、いろいろあって離婚することになり、小学生の2人の子どもたちは奥さんに引き取られていきました。
まだ離婚話が出る前、「稼ぎが少ないくせに、お酒を飲んでばかり。子どもたちのこともほったらかしにして」と奥さんから責められたことがあったそうです。
そのことを、「痛いところを突かれて」と、坂本さんは悔しそうに話していましたが、奥さんがそのように言うのにも理由はあって、結婚した時より収入が少なくなっていたのは事実でした。トラブルがあって以前の会社を辞めざるを得なくなり、3交代制の工場に転職することになった…こんなことが数年前にあったのです。
お酒の量が増えたのは、その頃からでした。転職前後のストレス、また、慣れない3交代勤務に睡眠を合わせるために、ということもその理由だったようです。坂本さんにしてみれば、「それも家族のためを思えばこそなのに妻は理解してくれない」ということになります。
しかし、子どもたちと接する時間も少なくなり、その少ない時間もお酒を飲んで酔ってしまっている、ということになると、奥さんにしてみれば、そんな夫の姿は不満だったでしょうし、収入が減ってくれば将来への不安も募ったことでしょう。
坂本さんが毎日のように教会へお参りするようになったのは、この転職の頃からでした。とにかく通勤の時にお参りしては、神様を拝んでいきます。私も、坂本さんから、仕事のことや家庭のことで何かあるたびに話を聞き、神様にお祈りをしていました。
それだけに、離婚という結果になってしまったのは、私にとっても残念なことでした。
離婚成立からしばらくして、坂本さんの仕事の上に転機が訪れました。上海に新しい工場を立ち上げることになり、スタッフの募集があったのです。
応募するかどうか、最初は少し迷ったそうです。全く知らない土地、言葉も分からない国ですから、不安もあったでしょう。そこを決断させたのは、ここから心機一転、いつか子どもたちに頑張るお父さんの格好いい姿を見せてやりたいという思いだったそうです。
結果、採用となり、今は、現地工場立ち上げに向けて、まずは国内で研修を受けながら、週末には中国語教室に通っています。
「覚えることもたくさんあります。現地スタッフの指導というのも結構プレッシャーで…」。坂本さんはこんなふうに話していましたが、以前と比べてその表情はずいぶん明るくなっていました。
ある日、「1年ぶりに子どもたちと会うことが出来ました」と言って、坂本さんがうれしそうにやってきました。久しぶりに元奥さんに連絡を取って、「息子の誕生日にプレゼントを買ってやりたいのだけど…」と申し出たというのです。
実は、こうすんなりとことが運ぶとは坂本さん自身も思っていなかったそうです。その前の時には、売り言葉に買い言葉のようなやりとりになり、お互いに気まずさだけが残るような結果になってしまったのが、今回は、不思議と冷静に話が出来たそうで、坂本さんと子どもたち2人とで買い物に出掛けることになったのでした。
「息子は4年生になっても相変わらずお調子者で、今買ってやったばかりのサッカーボールをお店の中で蹴りたいと言い出すし、下の娘は2年生になってまた背が伸びたようで。お兄ちゃんに便乗してちゃっかりおねだりしてきて…」
子どもたちのことを話す坂本さんは泣き笑いのような顔になっていました。
そして、久しぶりに、自分の両親にも孫たちの声を聞かせてやることが出来た時には、さすがに涙があふれそうになったとも話していました。
坂本さんは言います。「上海に行ってしまえば、子どもたちと会う機会も少なくなります。それでも、この前に会った時、2人とも以前と変わらずにいてくれたので少し安心出来ました」。そしてこうも言いました。「彼女も、女一人で、仕事しながら、子ども2人育てているのだから、それは大変だと思います」。
金光教の教祖は、「夫婦は他人の寄り合いである。仲良くすれば一生安心に暮らすことが出来る」と教えています。もともと他人である2人が、不思議な縁によって結ばれて夫婦になる。だからこそ、お互いに思いやりを持ち合うことが大切なのだということでしょう。
そして、この言葉は次のように結ばれています。「夫婦げんかをしても、後から心が折り合う時、よく考えてみるとわけがわかる。それは、神様から与えられた魂の働きがそうさせているのだ」
坂本さんたちが、だんだん自然に接することが出来るようになってきたのは、時間が経ち、距離を置き、環境が変わったからということだけでは、決してありません。
自分は悪くないと思い相手を責めてばかりいたことに気づき、相手の立場を思いやる心を持つことが出来たということ、そして、その思いが相手にも通じたということ…。このような魂の働きがあればこそなのです。
「願うのは子どもたちが幸せであって欲しいということばかりです。そのためには彼女にも…」。いつだったか坂本さんがポロッと口にした言葉です。
その願いがかなうよう、いつか格好いいお父さんの姿を子どもたちに見せてあげることが出来るよう、私も一緒に祈り続けていこうと思っています。