●ラジオドラマ「ようお参りです」
第6回「手のひらの二十二錠の薬」
金光教放送センター
登場人物
・敦子(20歳)
・母(敦子の母)
・教会の先生(若い・40歳・男性)
・医師(男性)
母 敦子、卒業おめでとう! いよいよ美容師さんのスタートね。
敦子 子どもの頃からの目標が達成しました! お母さんの髪もカットしてあげるね。
母 当分は遠慮しとくわ。
敦子 えー…。
母 お店で、先輩の方たちのお仕事をよく見て、勉強するのよ。
敦子 はーい。将来自分のお店が持てたらいいなあ。
母 今から何言ってるの? フフ…、大きな夢。
敦子 私は店長や先輩に色々教えられ、バリバリと仕事をこなした。友人と旅行をしたり、遊んだり、充実した日々を過ごしていた。しかし…。
敦子 24歳から私の人生は大きく変わった。全ての物を失った。
(病院のノイズ)
医師 鈴木敦子さんの病状は、うつ病。
敦子 (びっくり)え?
医師 パニック障害、不安神経症、強迫神経症。
敦子 …はあ…?
医師 頑張り過ぎていませんか。自律神経がおかしくなって、コントロールが効かなくなったんでしょう。それに摂食障害もありますね。お薬を出しておきます。
敦子 私は夢も希望も失った…。仕事を辞め、カウンセリングを受けたが良くならず。残ったのは、手のひらの上の1日22錠の薬だけだった。
母 (悲鳴)敦子! 何するの! 止めて!
敦子 それからは、母に見付からないように、リストカットをするようになった。
母 敦子、お母さんが行ってる金光教の教会に、一緒にお参りしてみない?
敦子 嫌よ。あんなに頑張ったのに、こんなになるなんて。この世には、神様なんかいないのよ!
母 だから、だから…頑張り過ぎたからだって、病院の先生もおっしゃったでしょ。 (考える間)じゃあ、教会の先生に電話だけでもしてみない?
敦子 そんなの嫌。見ず知らずの人に!
敦子 母は、電車を乗り継いで教会に行き、私のことをお祈りしてくる。そんなことでこの苦しみが治るのなら、楽なものだと思った。
母が教会とか電話とか度々言うものだから、ついに私は面倒臭くなった。
すればいいんでしょ。
母は電話に飛びついた。私は言ったことを後悔した。
(ピッピッ、ダイヤル)
母 娘に代わります。
先生 (電話の向こう)リストカットしてるんだって?
敦子 はい。
先生 悪いことじゃないけどなあ…。
敦子 えっ?
先生 あのね、そんなに自分を責めなくていいんだよ。
敦子 は…はい。
先生 一度、ここに遊びに来ない?
敦子 でも…私…怖くて、外に出られません。人混みが怖いんです。パニックになります。そんな遠い所。
先生 そう、じゃあ来られるようになったら、いつでもおいで。
(電話を切る)
敦子 電話を切った後、あの先生は何か違うと思った。私のことを否定しなかった。私の味方でいてくれそうだ。
怖いけど、行ける所まで行ってみようか?
(過ぎ去る電車の轟音。街のノイズ)
敦子 やっとの思いで教会にたどり着いた。「ここに来て何が変わるんだろう…」と思いながら中に入った。
不思議だ、どこにいても息苦しかったのに、ここでは楽に息が吸える…。
若い先生がニコニコして迎えて下さった。
先生 よくお参りに来られましたね。
敦子 私…お参りに来たわけじゃありません。
先生 はいはい。
敦子 ただ、どんな先生かって…。
先生 ハハ…。それはそれは…。じゃあ、お話を伺いましょうか。
敦子 …。
先生 嫌なら無理しなくたっていいんですよ。
敦子 私は、ポツリポツリと話し始めた。病気のこと、どこにも持って行き場のない気持ちのこと、死んでしまいたいこと。先生は私の一言一言に深くうなずいてくれた。ここには私の話をちゃんと聞いて、受け入れてくれる人がいる。私は知らぬ間に、本当の自分をさらけ出してしゃべっていた。それを温かく包んでくれる。
(繁華街の雑踏)
敦子 それから時々教会に行くようになった。先生は、私の話を辛抱強く聞いて、共感してくれる。聞いてもらった後で、心の重荷が取れている。春の日だまりにいるような穏やかな感じ。そして、私の幸せを祈ってくれている。
先生 敦子さん、生かされているあなたの命そのものに価値があるんですよ。
敦子 それから数年経ち、私は、社会に一歩踏み出そうと、勇気を出して、近くの美容院でアルバイトを始めた。
(穏やかにゆったりとした雰囲気のふたり)
先生 そうですか。それは良かったですね。
敦子 先生の髪、カットさせて下さいね。
先生 (笑う)ハハハ…。ありがとう、ぜひ。
敦子 あ…でも、もうちょっと…私が上手になってから。