ラジオドラマ「毎度ご乗車ありがとうございます。」第2回「展望車の眺め」

●ラジオドラマ「毎度ご乗車ありがとうございます。」
第2回「展望車の眺め」

金光教放送センター

登場人物
・一夫(商社マン) 30代
・淳子(一夫の妻) 30代
・長太郎(スーパーマーケット経営者) 60代
・長太郎の父(当時) 30代


(ナレーション)
ただ今より皆様を7分間の列車の旅へご案内致します。それでは出発です。(電車の出発音)

(ナレーション 一夫)
私どもの娘は重いアレルギー体質です。
妻は食事制限に気を使い、毎日奮闘。私は会社の残業続きで、なかなか面倒を見てやれません。
ようやく休みが取れたので、以前から憧れていた寝台特急列車での家族旅行を計画しました。
私たちが一番後ろの展望車で景色を眺めていると、上品な白髪の老紳士が声を掛けてきました。

長太郎: かわいいお嬢ちゃんですね、おいくつ?
淳 子: はい、5歳になります。
長太郎: じゃあ、もう何でも食べられるな。夕食はもうお済みですか?
一夫・淳子: いえ、まだ…。
長太郎: 実は夕食を妻と2人分予約して、費用も支払い済みなんですが、2人ともどうも食欲がなくて…。ハハ、年のせいですかな。
一 夫: …は、はぁ…。
長太郎: それで、ぶしつけなことで恐縮なんですが、代わりに召し上がって頂けないでしょうか。
一夫・淳子: え、あ、あの…。
長太郎: 今夜の献立は、えーっと、ホタテ貝とサーモンのオードブル。車エビと白身魚のワイン蒸し。牛フィレのソテー。デザートはストロベリーアイスクリーム…。
淳 子: あ、あなた…(忍び泣き)。
長太郎: (全く気付かず)私の名は佐藤長太郎。ボーイに、そう言って召し上がって下さい。では…。
一 夫: あの、ちょっと…。
長太郎: どうぞご遠慮なく列車の食事を楽しんで下さい(去る)。
淳 子: 戻りましょう、部屋へ。「景色のいい展望車にこの子を連れてゆこう」。そう誘ったあなたが悪いのよ。
一 夫: 人のせいにするな!
淳 子: 来るんじゃなかった。アレルギーでなければ、今頃は食堂車に座って(泣けてくる)おいしい物をお腹いっぱい…。
一 夫: 興奮するな。この子が聞いているじゃないか!
淳 子: 私の身にもなってちょうだい。今夜の食事はかしたさつま芋とリンゴにするつもりで…。(イライラして)お魚やお肉はいつも3度湯がいてタンパク質を壊してから。お鍋やお皿も別々だし。お風呂の後の肌の手入れだって…。寝ている間もかゆがって、何度も目を覚まして泣くから、その都度薬を塗ってやって…(泣く)。
一 夫: 会社を休んで、俺に君と同じことをやれと言うのか?
淳 子: もう少し協力してと言ってるの。休みの日ぐらいは!
長太郎: あの、あ、マフラーを置き忘れてしまって。え、いや悪いと思いましたが聞こえてしまいました。ご事情もよく分からぬままお誘いして、申し訳ありませんでした。
一 夫: いえ…。
長太郎: (一人語りのように)私は妻と2人で小さなスーパーを経営し、今日まで何とか続けてこられました。苦労もたくさんしましたが、でも、そのおかげで今の私があると思っています。私がまだ幼かったころの話を、少し聞いてはいただけないでしょうか?

長太郎: 日本はあの頃戦争に負け、とても貧しく、私たち子どもはいつもお腹を空かせておりました。そんなある日、私は父と汽車に乗ったことがありました。

(汽車の走る音)

長太郎: (当時の幼い声)父ちゃん、前の人の駅弁、とってもおいしそうだね。
父 親: う、うん…。
長太郎: (小声)前の駅で窓を開けて買ってたね。(ゴクンとつばを飲み込み)玉子焼きに昆布巻き、それに塩鮭…。
父 親: これ! 聞こえたら恥ずかしいじゃないか。駅弁食べたいか?
長太郎: うん!
父 親: よし、じゃ次の駅に着いたら、すぐに買ってやろう。
長太郎: ほんと!(現在の声に戻る)そして次の駅に着く。窓を開け、駅弁売りを探す…いや、探すふりをする。「この駅では売っていないなあ」。…また、次の駅に着く。今度はホームに降り立つ。キョロキョロした後、戻ってくる。「売っていたけど、あまりおいしそうじゃなかった。また次の駅で…」と、この繰り返しでした。結局買ってもらえず、お腹はグーグー鳴り、随分父を恨みましたが、大人になってからは父親の愛情がよく分かり、私は…。
淳 子: (感動して)お父様のお気持ち、痛い程よく分かります!
長太郎: 偉そうなことを言うようですが、生きていればつらいこと、苦しいことは山ほどあります。でも、お嬢ちゃんはよく見ておいでになる。あのつぶらな瞳で今のご両親のご苦労を…。それは一生の宝物となりますよ。

一夫・淳子: 一生の宝物…?
長太郎: 私のつまらない思い出話を聞いていただき、ありがとう。じゃあ…。
一 夫: 待って下さい! 今夜のお食事は奥様とご一緒に…。
淳 子: そうなさって下さい。ぜひお2人で…。
長太郎: …いないのです、もうこの世に私の妻は…。
一 夫: えっ、いらっしゃらない?
淳 子: (息をのむ)あっ…。
長太郎: ひと月ばかり前に病気で…。結婚50年の金婚式を祝うこの旅を、前から楽しみにしておりましたのに、治療のかいもなく…。
淳 子: そうでしたか…。
長太郎: 人生は展望車から眺める景色のように先は見えませんが、通ってきた道筋だけはよく分かります。苦労というものは生きていればこそできるものなのですよ。
一夫・淳子: (ハッとなって)生きていればこそ…!

一 夫: 生きていればこその苦労か…。ごめん。これからはもう少し手伝うよ。
淳 子: 私も頑張るわ。
一 夫: 何か今日のさつま芋とリンゴの味は格別だなぁ。
淳 子: ええ、ほんとう…。

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