ラジオドラマ「花ものがたり」第4回「カーネーション」


●ラジオドラマ「花ものがたり」
第4回「カーネーション」

金光教放送センター


登場人物  
夏子なつこ
山中やまなか(ホームレス・45歳)
・夏子の父親(60歳)


  夏子、母さんが昼飯だって言ってるぞ。
夏子 わたし店番してるから、お父さんお先にどうぞ。
  おう。

夏子 さっきから気になっていることがある。家の花屋の前はパン屋さんだ。ショーウインドー越しに、おいしそうなパンが並んでいる。さっきから男の人が立って、パン屋のウインドーをチラチラ見ている。汚れたヨレヨレの服装で、伸びたクシャクシャの髪。そんなこと言ったら悪いけどホームレスのような…。年は…よく分からない、40代、50代? その人がわたしを見た。目をそらす間もなく、目が合ってしまった。男の人はかすかにほほ笑んで、こっちへ近付いてくる。

山中 あのー。
夏子 は、はい。
山中 きれいなお花ですね。
夏子 ありがとうございます。
山中 すみません、お願いがあります。
夏子 え?
山中 あの…。千円貸していただけないでしょうか?

夏子 きっと何も食べてないんだわ、可哀想、でもその格好じゃ、パン屋にも入れない…。
山中 あ…、すみません。

夏子 わたしは向かいのパン屋に行き、適当にパンを買い、その袋と千円を渡した。男の人は、びっくりしたような顔をして、深々と頭を下げた。

山中 ありがとうございます。ご親切は忘れません。
夏子 ちょっと待って。

夏子 わたしは、売り物にならないカーネーションを4、5本手早く束ね、元気を出してねという気持ちを込めて、その人に渡した。

  夏子、昼飯食って来い。さっき天気予報見てたら、夕方から台風が来るらしいぞ。

(風雨の音)

夏子 天気予報当たったわね、お店は?
  お客さんも来ないだろうから、そろそろ閉めようか。

夏子 あっ…。
  どうした?
夏子 たしか、川の橋の下に…。
  ああ、最近ホームレスのダンボール小屋が出来てたなあ。
夏子 お父さん、わたし、ちょっと見てくる。
  見てくる…? この雨風の中を何を見に…おい、やめなさい!

(雨風の中を走る夏子)

 (走りながら)おーい夏子、どこに行くんだー!
夏子(同)橋の下。
 (同)こんな雨の中を、やめなさい。

夏子(息フウフウ・叫ぶ)すみません、誰か居ませんか? 誰か居ませんか?
 (近づいて)何やってるんだ!? こんな所に知り合いでも居るのか?
夏子 分からない。
  誰も居ないじゃないか、ほーらびしょ濡れだ、早く帰ろう。

夏子 それからひと月ほどしたころ、店に居た父が呼んだ。

  お前にお客さんだ。
夏子 え?

夏子 見知らぬ中年の人が立っていた。

山中 先日はありがとうございました。
夏子 え? 
山中 千円お借り致しました。
夏子 あ、あなたが…、あの時の…?
山中 はい。それで千円とパンのお代をお返しに来ました。
  一体何の話だ?
山中 あ、わたしは山中と申します。会社をリストラされ、先月までホームレスをしていました。
  え、そんな風には見えませんが…。
夏子 お父さん!
山中 お嬢さんのおかげです。
  どういうことですか?
山中 お借りしたお金で飲み物を買い、パンを食べた後、街外れの国道に立っていた時です。廃品回収の車が通りかかりました。いったんわたしの前を通り過ぎてから、バックして戻って来て「何をしている?」と聞きました。わたしはとっさに「仕事を探しています」と言いました。
  ほう。
山中 そうしたらその人は「本当に働く気があるのなら雇ってあげよう。ただし急ぎの仕事があるので3時間ほどかかる。それまでここで待っていたらな」と言ったのです。わたしは待ちました。頂いた花がしおれないように、近くの公園に行って、持っていたペットボトルに水を入れて花を挿しました。戻ってきたその人は「今日は女房の誕生日なんだ。それもらってもいいか?」。あの人はきっとわたしの持っていたカーネーションに目を留めて、車をバックさせたのだと思います。お嬢さんのおかげです。
夏子 良かったわね…!
山中 はい。住み込みで働いて給料は小遣い程度ですが、働けること、住む所、三度の食事が頂けることがどれほどありがたいことか、身に染みて感じています。お宅のお店、実はサラリーマンのころ、一度伺ったことがあるんですよ。
  ほうー、それはそれは、お客様だったんですね。

夏子 わたしは大急ぎで小さな花束を作った。

夏子 おめでとうございます、これわたしからの就職祝いです!

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