生活の一コマにも


●特選アーカイブス
「生活の一コマにも」

兵庫県
金光教兵庫教会
井口礼子いぐちれいこ 先生


 半年ほど前のことです。神戸でお茶の商売をしているAさんという青年が、私が奉仕している教会へお参りして来ました。
 彼は教会へ来るなり「昨日、腹の立つことがありましてね。思い出すと腹が立って、眠れませんでした」と話し始めました。
 「それは三日月がさえざえと光っている夜中のことです。店の横にあるガレージの真ん前に乗用車が止められていました。しばらく運転手が戻って来るのを待っていましたが、帰ってくる気配がないので、腹が立って実力行使に出ました。『ガレージの前へ止めたら車を出されへんやろ!』と書いた紙を、運転席のフロントガラスにベタッとのりで貼りつけてやったんです。その後はガレージの真上の部屋で外の様子をうかがっていました。2時間ほどして、やっと運転手が戻ってきました。窓をガラッと開けて、『ガレージの前へ止めたら車を出されへんやろ!』と怒鳴ってやりました。すると、その運転手は『すみません』と謝るどころか、『こんな事したら、器物破損と同じことや。降りてこい!』と怒鳴り返すんですよ。降りて行ったら何をされるか分かりませんからね。しばらく上と下で言い争いになりましたが、結局、相手は貼った紙をビリッとはがして、エンジンをふかして走り去りました。あの剣幕では後で戻ってきて何をされるか分からないなと不安でしたが、それより腹が立って腹が立って!」と私に話しながらも、まだ腹を立てている様子でした。
 それを聞いた私は、「夜中にガレージから車を出さないといけなかったんですか?」と尋ねると、「いいえ、でも、ガレージの真ん前ですよ。車を出さないといけない時には出されないじゃないですか?」とAさんは言います。私はさらに、「信心で考えられませんでしたか」と言うと、「そんなん信心とは関係ありませんよ」と反論する。私は「そうですかね。信心ってね、商売が繁盛しますようにとか、病気が治りますようにとか、自分の思い通りになるように神様にお願いすることだけじゃないですよ。金光教の信心はね、信心生活といって、生活をしていく中でのあらゆることに対して、神様にお礼を申したり、おわびをしたり、お願いをしたりと、生活そのものが神様と共に生きる生き方になることが大切なんですよ。それに『神心かみごころ』といって、こんな時でも、こちらの出方ひとつで、『ああ、迷惑をかけてすまなかった』と思い返す心や、うれしい時、ありがたい時に、『ありがとうございます』と礼を言う心とか、また困っている人を見ると、『気の毒に助けてあげたい』とおのずと湧き出る心があるでしょう。それはどんな人も生まれる時に神様から分けていただいた『神心』なのです。どんなに腹が立つ時でも、腹立ち紛れに言ったり、行動したりするのではなく、お互いに神心が呼び起こされるような言葉遣いや行為というものが必要なんじゃないですかね。この場合でも、フロントガラスにのりづけするのではなく、ワイパーに紙を挟むとか、他に腹を立てさせない方法はなかったのでしょうかね」と言うと、「初めはね、それをしていたんです。『もう少し前に止めてください』と書いた紙をワイパーに挟んでいました。でも毎日毎日ガレージの前に止められるんですよ。それで腹が立って…」「同じ車ですか」「いいえ、毎日違った車です」「それみてごらんなさい。ワイパーに挟まれた紙を見た運転手は、きっと『ああ、悪いことをした。すまなかった』と思って二度と止めていないんですよ」と言いました。
 この時、たまたまお参りをしていた荷物の宅配業をしている人が、「私もフロントガラスにのりづけされたことがありますがね、駐車違反をしたのだから、仕方がないと思っても、やっぱり腹が立ちましたね。紙をはがしても、のりで前は見えにくいし、腹は立つし、情けないし…。きっと、その人も走りにくかっただろうな」と体験を語ってくれました。
 私はAさんに、「あなたのお店の前は夜中でも車の多い所だから、前は見えない。腹は立つ。その勢いで発車させて事故でも起こしていたら大変でしたよ。何事もなかったことを神様にお礼申して、これからはガレージから車を出す時に、他の車が止められてなかったらいい。それぐらいの大きな気持ちを持って、さらに止められない工夫もして、もし止められても、ワイパーに紙を挟む時に『神様!』と、ちょっと祈って挟むぐらいの心持ちが相手の神心を動かすことになるんですよ」と言いました。Aさんは神様に拝礼したあと、「悪いことをしたかな」と言いながら、私の話に半分納得したような顔で、帰っていきました。
 2、3日の後、Aさんがお参りして来ました。「その後どうですか」と尋ねますと、「不思議ですね。あの夜から全然、ガレージの前に車は止められていないんです。これからは止められても、根気よく相手の神心に響くやり方をしていくつもりです。それに止められない工夫もね」と明るく答えていました。
 あれから半年。Aさんの仕事への態度も変わってきました。今までの「仕事をする」という態度から、「神様と共にさせていただく」という態度に変わってきました。お客様への言葉遣いや態度も相手の神心に響くあり方を考えながらするようになりました。
 Aさんも、私どもも、生活の一コマ一コマにも、神様から頂いた神心をお互いに響かせながらの生き方、暮らし方をしてまいりたいものです。

(平成6年3月9日放送)

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