●ラジオドラマ「花ものがたり」
第2回「スイートピー」

金光教放送センター
登場人物
・夏子
・夏子の母
・二郎 (蕎麦屋の主人・45歳 )
・二郎の母親 (75歳)
夏子 3月の卒業シーズンは花屋は大忙しだ。送別会の大きな花束から、幼稚園を卒業する子の小さな花束まで。それに、中・高生の胸に付けるコサージュ…。
母 夏子、お昼作ってる暇ないから、おそば屋さんに出前頼んで。
夏子 はーい。
(バイクの音。止まる)
二郎 お待たせー。
母 あらー、ご主人がわざわざ…?
二郎 いやぁ、店にばっかりいると、気がめいっちゃって、ちょっと抜け出して。
母 どうしたの? お母さん最近お見かけしないけど、お元気なんでしょ?
二郎 いや、参ってるんですよ。
母 どこか、お悪いの?
二郎 もう、あっちが痛いのこっちが痛いの、持病の腹痛が起こって、神様にお願いしても治らない。それで、年寄り仲間から聞いた治療法が、ヘソの上に梅干の皮張って、その上に熱い灰を乗せるんだって。普通、そんなことやりますかねえ。ヘソが熱いとかかゆいとか、もうメチャクチャですよー。
母 あらあら…。
二郎 医者嫌いなんですよ、いくら言っても行かない。それで店が忙しいってのに、女房や子どもたちにも「わたしがこんなに痛がってんのに」なんて八つ当たりして、困ってるんですよ。
夏子 じゃあ、これ、小さな花束だけど…はい、スイートピー。おばあさんのお見舞い、気持ちが和むかも。
二郎 ありゃ、これはありがたい…。おっと、お店が忙しいのに油売ってすみません。
夏子 夕方、そのおばあさんがやって来た。
つね ごめん下さい、さっきは奇麗なスイートピーをありがとうございました。わたし、大好きなんですよ。
母 まあ、お元気そうで…。
つね そんなことありませんよ。わたしの持病の腹痛が…。
母 まあまあ困りますね。じゃあ、いいおまじないを教えて差し上げましょうか?
つね おまじない?
母 はい。
つね おまじないで助かるんですか?
母 多分。
つね 多分ですか…? それでどんな?
母 簡単ですよ。一日中何遍も『ありがとうございます、ありがとうございます』って唱えていればいいんですよ。
つね ちょっと奥さん、わたしのこと馬鹿にしてるんですか? そんなこと! わたしは毎朝神様にありがとうと言って拝んでいるんですよ。
母 神様だけでなく、一日中、人にも、食べ物にも、顔を洗っても、トイレに行っても、ありがとうございます、ありがとうございます、と言うんですよ。
つね そんな…!
母 例えば借金取りが来てもありがとうございます。
つね どうして!?
母 だって、こちらから行って返すものを、わざわざ取りに来てくれるんですよ、ありがたいでしょ。孫が外で遊んできて、服を泥んこにして帰ってもありがたい。
つね なぜ?
母 だって、元気だからこそ、泥んこになれるんですよ。
つね そりゃ、まあ…。
母 うそだと思って、やってみたらいかがですか?
夏子 母が忙しさに紛れ、いいかげんなことを、と思っていたら。また出前を頼んだ時のこと。
二郎 奥さん、うちの母親変になっちまって。
母 え、また具合が?
二郎 いや、そうじゃないんですよ。何だかね、最近ありがたい、ありがたい、って言うんですよ。わたしが店に仕事に出る時や、子どもが学校から帰ってきた時…。
つねの声 二郎、今日も元気に仕事ができてありがたい、ありがたい。おお、トシちゃん、学校からけがもせずに帰って来たのかい、ありがたいありがたい。あーら、良子ちゃん、遊びにきてくれたの、ありがたい、ありがたい。
二郎 何だかうちの雰囲気すっかり変わりましたよ。母親は店にまで出てきて、ありがたい、ありがたい。おかげでお客さんから“ありがたやばあさん”って言われるようになって…。
母 お腹痛のほうはどうなったんですか?
二郎 あ、そう言やぁ、何も言わなくなりましたね。でもね、初めは頭がおかしくなったのか、それともおれのこと、からかってるのかと思いましたよ。一体何なんですかね?
母 (笑う)でもおなかが治って良かったじゃありませんか。
二郎 こないだ、食い逃げに会いましてね。
母 あらあら…。
二郎 わたしは追いかけようとしたんですがね、母親はそれを止めるんです。
つねの声 ありがたい、ありがたい。
二郎の声 何で食い逃げがありがたいんだよ!
つねの声 ここのおそばがおいしいから、あの人はお金が無くても来たんだよ、ありがたい、ありがたい…。
二郎 それを聞いていたお客さん大笑い。でも…それからですかねえ、お客が増えたんですよ。あっ、いけね、また油売っちまって。すみませんお店忙しいのに。
(バイク去る)
夏子 お母さん、すごいおまじない知ってたね。
母 (笑う)前にお客さんに聞いた話よ。自分の心でね、自分を生かすことも殺すこともできるって。
夏子 そう言えば「幸せになりたい」って友達がいて、結局チルチル・ミチルじゃないけれど、「『幸せだなあ』って何となく思う日々が幸せなんだ」って結論にたどり着いた人がいたけど、ありがたい、イコール幸せなのかも…。
母 夏子、そんなこと言ってないで、さっさと手を動かす! もうひと頑張りよ。
夏子 ありがたい、ありがたいってね…。
母 そうそう、書き入れ時なんだから。
夏子 あっ。
母 どうしたの?
夏子 お母さん、おそば伸びちゃうよ。
母 忘れてた!