ラジオドラマ「花ものがたり」第3回「トルコキキョウ」


●ラジオドラマ
第3回「トルコキキョウ」

金光教放送センター


登場人物  
夏子なつこ  
・夏子の母  
里美さとみ(35歳)  
・健二(里美の父親)


夏子 花屋が比較的暇なのは一、二月と夏の盛りだ。そんな夏のある日。

夏子 お母さん何やってるの?
  ちょっとお見舞いにお花持って行こうと思って…何が良いかなあ…。
夏子 誰?
  ほらお弁当屋さんのお嫁さんの…。
夏子 ああ、里美さん。
  そうそう、里美さん。
夏子 わたしの高校のバレー部の先輩よ。ずーっと会ってないけど、病気?
  お花は…。
夏子 里美さんならトルコキキョウが好きよ。
  じゃあ、それにカスミソウに…。

(町のノイズ)

  夏子、ついて来なくたっていいのに。
夏子 わたしだって心配だもの。里美さんどこが悪いの?
  この間、難しい顔して歩いている里美さんの実家のお父さんに会ったの。もうちょっとで自転車にぶつかりそうだったから、わたしが慌てて手を引っ張って、どうしたんですかって聞いたら。

健二の声 里美がここんとこ寝込んでて…。病気っていうか、事故で足にまひが残って動けんのです。何でも、店に弁当を買いに来たお客さんが、金だけ払って弁当を忘れて行ったのを、里美が追いかけてって、バイクにはねられたんですよ。…あそこのしゅうとめさんはきついんですよ。働けん里美に嫌みを言ったらしくて、里美が少し良くなった時に、里美たち夫婦は2階に住んどるんですがね、店を手伝いに行こうと階段を下りかけて、踏み外して落っこちて、また寝たきりと言うか…。うちの女房が生きていれば、家で面倒でも見るんですがねえ…。

里美 すみません、おばさんも夏子さんも、わざわざ…。
夏子 さっき母に聞いてびっくりしたのよ。
里美 最近…つくづく思うんだけど、わたしなんか居ないほうがいいのかも…。店の仕事はもちろん、わたしにできることはなんにもないの、ただ寝ているだけ。この家の厄介者なの。
夏子 そんな…!
里美 (涙声)ここのところ、誰もこの部屋には来ないの、夫も子どもも。誰かが食事を置いてそれを取りに来るだけ。わたし…寂しいし、つらくて…。ごめんなさい、こんな愚痴こぼして。
  里美さん、わたしたちにうんと愚痴をこぼして、それでちょっとでも気が晴れるのならいいのよ、いくらでも聞いてあげる。そうそうちょっと、窓でも開けましょうか。
夏子 お母さん暑いよ。 (窓を開ける。せみの鳴き声)
里美 せみの声…。
夏子 そう、暑い夏の盛り。窓、閉めようか?
里美 そのままにしておいて、外の風なんて久しぶり…。何だか、外は生きてるんだなって感じがする。
  里美さん、あなただって生きてるのよ。できることなんていっぱいあるわ。そりゃ体を使ってご家族のことはしてあげられないかもしれないけど、心を使ったことある?
里美 心って?
  つまり心の働きよ、寝ているから何もできないと思ってるかもしれないけど、心を使うことはできるでしょ。
夏子 何よ、禅問答みたい。
  そうねえ。「今日一日子どもが学校で元気に勉強できますように」とか「主人が仕事場で元気に働けますように」って、お祈りすることはできるでしょ。
里美 それは、まあ…。
  そしてね、お子さんが学校から帰ってきたら「お帰り」って。ここにお食事を持って来てくれたら「今日学校でどんなことがあったの?」って聞いてあげるの。ご主人にもよ。「お仕事どうだった?」って声をかけてあげるの。これがあなたの今日からのお仕事。
里美 …はい。
  心の中でいいから、家族の人を思うこと、そして声をかけてあげること。里美さんは厄介者なんかじゃないのよ。
里美 やってみます。それに、奇麗なお花をありがとうございました。
夏子 トルコキキョウの花言葉は“希望”よ。カスミソウは“切なる喜び”。
里美 二つともすてきね。

夏子 それから、ひと月程たったころ。

健二 ごめんください。
夏子 いらっしゃい。あ、里美さんのお父さん。お母さーん。
  何よ大きな声で。…あら、いらっしゃいませ。
健二 先日はありがとうございました。
  何でしょう?
健二 里美が元気になりましてね、奥さんのおかげだって言うんです。
  あら…。
健二 今まで寄り付きもしなかった子どもが、学校から帰ってくると、かばんを放り出して、里美の所へ来て「今日学校でこんなことがあったよ」って話しに来るし、宿題も里美のそばでやるようになったそうです。里美の夫も仕事が終わると里美の所に来て「今日はこれこれの弁当がよく売れた、里美も何か新しいメニューを考えてくれないか」なんて言うそうですよ。
  まあー、良かったですね。
健二 それにリハビリも始めて、松葉づえで何とか歩く練習をしていますよ。
夏子 里美さんやる気になったんだ、おじさん、良かったですね。
健二 ありがとう。

夏子 ある日のことだ、店の外で男の人が中をのぞいていた。

夏子 お客さんかなあ。男のお客さんって、お花選ぶのに時間が掛かるのよね。
  あら、あの人里美さんのご主人よ。
夏子 えーっ!
  お弁当屋さんで見掛けたことがある。
夏子 いらっしゃいませ、あのー、奥様のお好きなお花はトルコキキョウと…。

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