●ラジオドラマ「花ものがたり」
第6回「菊」
金光教放送センター
登場人物
・夏子
・久恵(75歳)
・女(中年)
・男(中年)
夏子 花屋の仕事は、見かけによらず重労働だ、店が終わった後はくったくた。けれど、夜、わたしの楽しみは、パソコンで会員制のブログ仲間のメッセージを見たり、書き込んだりすることだ。
(パソコンを立ち上げる音)
夏子 え! 脳梗塞という文字が目に入った。ブログ仲間の誰か…?
久恵の声 愛犬のココアが脳梗塞になりました…。
夏子 なんだ犬かと思ったが、すぐその後反省した。ペットだって立派な家族の一員じゃないの。
久恵の声 16歳のシェルティです。高齢犬なので家の中でおとなしくしていたのですが、突然発作を起こしました。わたしはパニックになってしまいました。人間なら「あそこが痛い、ここが痛い」と言うけれど、犬は何も言いません。わたしはただ抱きしめているだけでした。発作が治まった後、異常行動を取るようになりました。獣医さんへ慌てて連れて行ったら脳梗塞だと言われました。注射をしてお薬を頂きました。でもとても心配です。 <ココアのママ>
女の声 わたしもワンちゃんを飼っています、心配ですね。質問、異常行動ってどんなことですか? <いちご>
久恵の声 例えば家の中をウロウロして、壁やたんすにぶつかったり、冷蔵庫と壁の間の狭いすき間に入ろうとしたりすることです。 <ココアのママ>
(パソコン・キーをたたく音)
夏子 ココアのママさんへ。心配ですね、お薬を飲んで元気になるようにお祈りしています。 <チューリップ>
夏子 わたしのニックネームはチューリップ、32歳でちょっと気恥ずかしいけど、わたしが生まれた時、庭のチューリップが満開だったと父が言っていたからだ。
夏子 母の日がもうすぐなので、アレンジメントの注文で夜遅くまでの仕事が続いた。久しぶりにパソコンを開ける。
(パソコンを立ち上げる音)
久恵の声 2度目の発作を起こしました。わたしとココアは2人きりなのに…。神様って意地悪だ…。 <ココアのママ>
女の声 本当にね、ココアちゃんはなんにも悪いことしてないのに。 <いちご>
男の声 ワンコも心配だけど。ココアのママさん、恋人でも作って結婚したらどうですか? 気持ちがまた変わるかもしれません。 <無趣味の男>
久恵の声 恋人も結婚も興味ありません! <ココアのママ>
男の声 へえー、変わってますね。僕でよかったら…なんて。ウソです、冗談ですよ! <無趣味の男>
女の声 心配しているココアのママさんに、そんな冗談は良くないと思います。 <いちご>
男の声 すみません、僕なりに励まそうと思ったんです。 あっそうそう、僕も子どものころ犬を飼っていましたが、庭の花や、縫いぐるみと遊ぶのが好きでした。お役には立たないかな…? <無趣味の男>
女の声 先日うちのワンちゃんの予防注射に行きました。ココアのママさんの話をしました。獣医さんがこんなことを言いました。「ここに来る子たちはみんな幸せですよ、病気になっても、心配して連れて来てくれる家族がいる、看病してくれる人がいる。動物たちは人間よりたくましいですよ。粛々と与えられた命を生きているんです。それを勝手に可哀想なものにして、悲しんだり哀れんだりするのは、この子たちに失礼ですよ」 <いちご>
(パソコンキーを叩く音)
夏子 いちごさんの意見に賛同します。ココアのママさん、ワンちゃんは今生きています、一緒に過ごせて幸せだったと思う時間を、これからも長く作って下さい。悪いことばかり想像しないで! 神様は意地悪なんてされないと信じましょう。 <チューリップ>
(商店街のノイズ)
久恵 こんにちは。
夏子 いらっしゃい、まあ、お孫さんですか? そのベビーカー? あら、ワンちゃん!?
久恵 ホホ…、犬のカートを買ったんですよ。年取って弱っちゃって、ねえココア。
夏子 ココア? えっ! じゃ、あのブログのココアのママさんはあなた!?
久恵 え、じゃあ、あなたは?
夏子 わたしはチューリップ。
久恵 あらまあ! ココアのママがこんなおばあさんでびっくりしたでしょ。恋人作れなんて言われたりして、フフ…。
夏子 いえ、いえー。お花、何を差し上げましょうか?
久恵 あのブログを見て思い出したんですよ。ココアが若いころ、庭の菊の花や葉っぱをむしって遊んでいたことがあるんです。今はマンションで庭も無いし、それで菊のお花を買って、ココアのそばに置いてやったら、喜ぶかと思って。
夏子 はい、分かりました。菊のお花のにおいをかいで、元気になるといいね、ココアちゃん。菊の花言葉は、“逆境にいても快活”ですよ。
久恵 あらそうなの。じゃ、わたしも老々介護で頑張りましょう。
夏子・久恵 (笑う)