●ラジオドラマ「花ものがたり」
第7回「ガーベラ」
金光教放送センター
登場人物
・夏子
・夏子の母
・渡辺(老人ホームの住人)
・鈴木(女性介護士)
母 夏子。
夏子 何?
母 店の残った花、老人ホームに届けてね。
夏子 週に1度、老人ホームにお花を届けている。もちろん差し入れだ。
夏子 こんにちはー。
鈴木 あら、お花屋さん、いつもいつもすみません。
夏子 いいんです、お花も飾ってもらえればうれしいから…。
夏子 わたしは小さな花瓶にお花を手際よく分けて挿す。そしてテーブルのあちこちに飾る。
鈴木 いつもね、お花をとても喜んで下さる方がたくさんいらっしゃるのよ。ねえ渡辺さん。
渡辺 俺は、花なんか…。
夏子 そのお年寄りは、そっぽを向いて杖を持ち、立ち上がろうとした。わたしが手助けをしようと、手を出したが振り払われた。
(コトン、杖倒れる)
夏子 介護士の鈴木さんが、慌てて杖を拾い手助けする。
夏子 何度かホームに通ううちに、そのお年寄りのことが気になってきた。あいさつしてもいつも返事はない。
鈴木 渡辺さんはね、無口というか、頑固というか、他の入所者の方ともあまり口をきかないのよ。夏子さんなるべく、声を掛けてあげてね。足を骨折して、今リハビリ中なの。
夏子 こんにちはー。
夏子 渡辺さんは庭のベンチに座っていた。
(鳥のさえずり)
夏子 ここ、座ってもいいですか?
渡辺 …好きにしろ。花屋か。
夏子 はい。
渡辺 その、赤い花は何て言う?
夏子 これですか、ガーベラです。
渡辺 ふん。
夏子 お好きですか?
渡辺 …べつに。
夏子 でも…。
渡辺 (ポツリポツリと)…俺の生まれた所は、小さな田舎町だ。父親は早くに死んで、貧乏だった。母親が、誰かにもらったんだろう、その花の鉢植えを大事に育てていた。
夏子 お母さんはお花が好きだったんですね。
渡辺 母親は弱視だったんだよ。
夏子 はあ?
渡辺 目が良く見えないんだ。だから、花に目を近づけて見ていた。
夏子 そう…ですか。
渡辺 俺は…、その母親の目を治そうと、中学に入ると新聞配達のアルバイトを始めた。段々畑のあるような土地だ。新聞が重くて自転車がひっくり返ったことが何度もあった。
夏子 はい。
渡辺 冬が来た時だ。夜明け前の冷え込みはひどい。指がひび割れて、痛くて仕方がない。雪が降り積もると最悪だった。吹雪の時なんか、目も開けていられない。
夏子 そうでしょうねえ。
渡辺 あんたねえ、想像だけでものを言うもんじゃない。
夏子 すみません。
渡辺 やっと家に帰りついた俺は「こんなつらい配達は今日限りだ」と言った。そうしたら母親は「ご苦労さん、寒かっただろうね。でもつらいのはお前だけじゃない。牛乳配達や郵便配達のおじさん、行商のおばさんたちもつらいのは一緒だ。お前が届ける新聞を待っている人もいるんだからね。お前のやっていることは世の中のお役に立っているんだよ」、こう言ったんだ。
夏子 はい…。
渡辺 吹雪がやんで配達をしていると、屋根の雪下ろしをしている人たちが「毎朝ご苦労さん」とか「大変だなあ、ありがとう」と言ってくれる。俺はうれしくて「もう泣き言など言わずに頑張るぞ」と新聞配達を続けたんだ。だが…。
夏子 どうしたんですか?
渡辺 母親の目は、手術しても手遅れで治らない、と医者に言われたんだよ。
夏子 ああ…。
渡辺 その話を聞いた時、俺は絶望して、新聞配達をやめてしまった。そして、たまった金を修学旅行の費用に回した。
夏子 すごいですね、自分で働いたお金で…。
渡辺 その後が良くない。
夏子 えっ?
渡辺 中学を出た後、都会に働きに出たものの職を転々と変えた。母親はきっと心配しただろう。わずかな仕送りはしたが、本当は田舎が嫌で逃げ出したんだ。グレてた時もある。それに引き換え母親は、よく見えない目で草取りをしたり、道の掃除をするような人だった。神様のお土地だと言い、まだ手足は動くし、耳も聞こえると言ってな…。
夏子 お母さんって、誠実な方だったんですね。
渡辺 …こんな話、初めて人に話したな。なぜだろう?
夏子 それは、このお花が取り持った縁ですよ。お母さんの好きだったガーベラの花言葉は“希望”ですよ。
渡辺 花言葉? 何だ? 花がしゃべるのか?
夏子 いいえ…そうじゃなくて。
渡辺 ハハ…からかったんだよ。それ一本くれないかな?
(ほうきで掃いている)
夏子 それからしばらくたってからのことだ。ホームにお花を持って行くと、渡辺さんがホームの庭の掃除をしていた。よく見えない目で掃除をしていたと聞いた、お母さんの姿と重なった。
夏子 渡辺さーん、もう足は治ったんですか。
渡辺 おう、花屋の姉ちゃんか。掃除もリハビリのようなもんだ。それに運動にもなる、ハハ…。