あきらめず夢に向かう


●こころの散歩道
「あきらめず夢に向かう」

金光教放送センター


 今年も野球シーズン真っ盛り。毎年、夏の甲子園は私たちをワクワクさせてくれます。
 灼熱しゃくねつの太陽が照りつけるグラウンドで汗と涙にまみれて白球を追う高校球児たち。全国数千の野球部が深紅の優勝旗を目指してしのぎを削ります。
 誠二せいじさんも小さい頃から野球が大好きで高校時代は甲子園を目指しました。

 高校入学時の身長は、148センチと、小柄だった誠二さん。夢は“甲子園のベンチに入ること”でした。
 小さい頃から野球少年だった彼は、都心で暮らしていたことから、周りに野球が出来るようなグラウンドがなく、そのため、小学生の時には遠方のクラブチームに通い、中学生になると、一人でトレーニングに明け暮れました。さながら熱血野球マンガの主人公のように、腰に巻いたロープで古タイヤを引っ張って繁華街を走る姿は、近所でも有名でした。
 体格には恵まれませんでしたが、それでも諦めず、「どうしても野球部に入る」という決意は揺るぐことがありませんでした。そして、神様に祈りながら、甲子園出場経験のある名門高校を目指したのです。

 受験を目前に控えたある日、希望校の見学に出向いた誠二さんの目に飛び込んできたのは、生き生きとプレーする野球部員の姿でした。その年、甲子園センバツ大会出場を決めた部員たちが、目を輝かせて練習に励んでいたのです。その姿に、野球への思いは一層奮い立ったのでした。
 その春、希望校に見事合格、早速野球部の門をたたきました。しかし、誠二さんを見た監督の表情は優れませんでした。野球推薦で入部した生徒の身長は、180センチ級ばかり。その中で彼は目立って小さく、「果たして練習についてこれるのか…」と心配したのです。
 監督の心配をよそに、彼は休むことなく練習に励み、誰よりも早くグラウンドへ出ては整備や用具の手入れなどを率先して行いました。1年生の時は球拾いやランニング、筋力トレーニングに明け暮れ、バットやグローブは使わせてもらえません。厳しい練習についていけず、当初、100人を超えていた同級生部員も、3年生の時には20人になっていました。
 3年生最後の夏、誠二さんの頑張りをずっと見てきた監督は、彼をマネージャーに抜擢ばってきしました。野球推薦で入部したレギュラー選手の中にあっても、ボールに飛びつく執念や俊敏さ、野球に対する情熱と知識が買われ、念願の“ベンチ入り”を果たしたのです。
 本当は、選手としてベンチに入りたかった。けれども、尊敬する監督から、「今は分からないかも知れないが、いつか分かる時がくる」と言われ、マネージャーとして、自分はどうすればいいかを考えました。
 チームメイトは皆、野球の実力はあるけれども、勝利に対する“執念”や、“情熱”が足りないのではないだろうか。
 誠二さんは、みんなが実力を最大限に発揮してもらえるように大きな声を出して励まし、明るく元気に気持ちよく出来るようにと練習メニューを監督に提言して取り組み、チームは着々と力を付けていきました。
 一緒に厳しい練習に耐えてきた仲間に甲子園への夢を託し、誠二さんはベンチから声を張り上げてチームを盛り上げ、選手たちを励まします。
 1回戦、2回戦と順調に勝ち進み、迎えた地方大会の準々決勝。対戦相手は後にプロからドラフト1位で指名を受ける豪腕投手のいる強豪校。
 誠二さんは監督の隣でスコアブックを付けながら選手たちを鼓舞します。3年間、つらい苦しい練習に耐えて、共に頑張ってきた仲間の一球一打に祈りを込め、激励します。
 3点を追って9回裏の攻撃もすでに2アウト。
 最後のボールが相手校のグローブに収まった時、誠二さんの目から止めどなく涙があふれました。あと一歩のところで敗れ、甲子園への夢はかなうことなく、3年間の野球生活は終わりました。

 それから20数年。誠二さんは今、市議会議員として活躍しています。中でも子育て支援に力を入れ、体にハンディキャップがあっても好きなスポーツに取り組める環境づくりに力を尽くしながら、草野球チームの監督も務めています。高校時代、誠二さんの努力を認め、マネージャーに抜擢してくれた監督のように、一人でも多くの子どもたちに夢を与えたいからです。

 野球の守備には9つのポジションがありますが、人生には10番目、11番目と、いくつものポジションがあります。みんながそれぞれのポジションで生き生きと夢に向かって進んでいくために、自分は、どんなことが出来るだろうか。
 夢は、思い通りにかなうとは限りません。しかし、大人たちの愛情が、子どもたちの夢に道を付け、未来に希望を与え続けるのだと、誠二さんは信じています。
 今年もまた、夏の甲子園に向けて、全国予選が始まります。実際にプロ野球の選手になれるのはごく一握り。しかし、勝っても負けても、一人ひとりの選手の掛け替えのない財産となり、これからの人生の良き糧となっていくようにと祈ります。

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