●ラジオドラマ「ようお参りです」
第5回「子どもを手放す?」
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金光教放送センター
登場人物
・栄子
・高志(栄子の夫)
・春香(長女・中校生)
・雄太(長男・小学生)
・父(栄子の父・教会の先生)
栄子 えっ! 40万もかかるのん?
高志 そうや、車の車検に40万や。
栄子 そんなお金あんの?
高志 あらへんから困ってるんやがな。
栄子 見え張って、あんな8人乗りの大きな車なんか買うからや。
高志 そんなこと言うたかて、お前かて友達の子どもら乗せて、河原にバーベキューに行ってたやないか。
栄子 あんたかて、友達引き連れて海釣りに行ったりして。
高志 そら、お前…止めよ、そんなこと今さら言うてもしょうがない。たしかにあの車買うた時、俺には分不相応かもしれんと思たことはあるんや。
栄子 困ったねえ…。バスの数も少ない、こんな不便なとこで…。雄太や春香の部活の送り迎えもあるしなあ…。
高志 (ため息)
栄子 ねえ、あの車売って、小さな車買うのはどう?
高志 無理無理、もう長いこと乗ってるから、安うにしか売れへん。
栄子 そうや! 実家のお父さんに頼んでみる?
高志 えー! 親に頼るなんか、そんなん悪いわ。それにお父さんの教会、お前最近全然お参りにも行ってへんやないか。
栄子 (困って)ははは、そうなんよ、ちょっと敷居が高いけど…。
栄子 私の実家は金光教の教会、父は教会の先生をしている。私は久しぶりに実家の門をくぐった。
父 おう栄子やないか、珍しいな。皆元気か?
栄子 うん、来よう来ようと思いながら、子どもに振り回されて忙しゅうて、なかなか来られへんでごめんね。これ、お父さんの好きな酒まんじゅう。
父 ははは、ありがとう。
栄子 ふふふふ…なんで私の顔じろじろ見るん?
父 いや、べつに。まあ、大体の察しはついてるけど。ハハ…。
栄子 ははは、いや実はね、家の車がね…。
高志 お父さん、何て言わはった?
栄子 それがね。
父の声 そうか、そら困ったことやなあ。そんなに車を手放せへんなら、誰か子どもを手放すか?
栄子 それ聞いて、笑ろてしもた。子どもを手放すことを考えたら、車ぐらい何でもないなあ思た。
高志 んー…そやな、そうしよう。何やすっきりしたな。
栄子 うん。
高志 そういうわけで、もうこれから車は無い。
雄太 えー、もう車に乗られへんの…?
高志 そうや。 春香 あの車無くなるの、寂しいなあ。
雄太 うーん、僕の家は貧乏なん?
栄子 えっ…(考えて)…いや、あのね、人をいじめたり、意地悪をする人のことを貧乏って言うの。
高志 そう。
雄太 ふーん、ほな僕は貧乏やないわ。
高志 ハハ…。それで、これからは自転車や。
雄太 ははは、新しいの買うてくれるんや。
春香 私は古いのでええよ。もったいないし。
高志 自転車はな、体にええぞー。お母さんなんかダイエットになる。
栄子 はい…何言うてるん。自分の三段腹よう見てから言うてや。
高志 ははは。
春香 エコやね。
雄太 何やそれ。
春香 エコロジーや、地球に優しいんや。
雄太 ふーん。
栄子 心配していたほどのことはなかった。皆それぞれの新しい環境の中で楽しんでいた。私も風を切って走り、季節をじかに感じていた。
栄子 お父さん、春香がまだ帰って来えへんのやけど。
高志 部活やろ、もうじきバレーの大会があるて言うてたから。
栄子 それにしても遅すぎる。何かあったん違うやろか。交通事故に遭うたとか、自転車古いしパンクして困ってるとか。ちょっと探してくるわ。
高志 ほな、俺も行くわ。雄太、留守番頼むで。
雄太 はーい。
栄子 春香ー、はるかーー。
高志 春香ー、おらんかー。
栄子 春香ちゃーん。
春香 お母さーん(近付いて)どないしたん?
栄子 春香! あー良かった。どないしたんて、こっちが聞きたいわ。
春香 (笑う)遅うなってごめん。あんな、帰り道でえらい荷物持って、よたよた歩いてはるおばあさんに会うてな。荷物自転車に乗せましょか、言うて、おばあさんの家まで送って行ったんや。
栄子 ああ、そう。
春香 そしたらおばあさんが家に上がってくれって、一人暮らしで話し相手があらへんし寂しいんやて。ほんで、お茶とお菓子ご馳走してもろた。そんで、お土産に庭の畑のトマト。
栄子 まあまあ。もう、遅いし、心配してたんよ。
春香 ごめん。でな、おばあさんのとこ、また遊びに行くって約束してしもた。おばあさん喜ばはったよ。おばあさんと知り合いになれたんも、自転車のおかげやな。
(鳥ピイピイ)
高志 今日はサイクリング日和や、ほな行くでー。
春香 皆で行ったらおじいちゃん喜ばはるやろなー。
雄太 うん! 多分、びっくりするよ。
高志 あれ、お父さんの教会の掲示板に。
父の声 「貧乏をして得られるものがある。病気をして分かることがある」
一同 (大笑い)
「ほんまやなー!」
「おじいちゃん、ええこと言うな」
「ほんまや、ほんまや。よう書いてんな。さすがお父さんやな」