●信者さんのおはなし
「もっとお礼が言えればよかった」
金光教放送センター
中込悦朗さんは、現在78歳。祖父の代からの信心3代目で、甲府駅から南西に15キロほど離れた、南アルプス市にある金光教大明教会に参拝しています。
幼いころから両親に連れられて参拝し、小学生のころには夏休みに書道を習うなど、教会はいつも身近な存在でした。
中込さんは、大工の棟梁をしていた父親の頼みで、高校1年の時に中退し、大工見習いとなりました。空襲で焼け野原となった甲府市では、戦後復興に向けて、たくさんの大工が求められていたのです。
父親と一緒に電車で甲府に行き、朝早くから夜遅くまで、時には泊まり込みで家を建てる毎日が続きました。電車には高校の同級生も乗っていました。一足早く社会人として歩み始めた中込さんは、うらやましく思ったこともありました。将来への確かな見通しがあったわけでもなく、友人がいない寂しさもありました。
母親は、多感なころの中込さんの思いを察してか、夜遅く、クタクタになって帰ってくる中込さんを、寒風吹きすさぶ中で待っていて、おにぎりを手渡し、「映画でも見て帰っておいで」と、励ましてくれました。
中込さんは、そうした母親の優しい励ましを受け、教会の先生から頂いた〝先のことは心配するな。今日を一生懸命に〟との教えを支えに、大工修行に打ち込みました。
生まれつき負けず嫌いで頑張り屋の中込さんです。短期間で腕は上がり、19歳の時には、父親と一緒に教会を建築出来るほどになりました。時には、無理と思えるような仕事を請け負ったり、無鉄砲と思えるようなやり方で、新しい仕事を紹介してもらうこともありました。
そんな中込さんのやる気と、棟梁としての父親への信用が相まって、仕事が増え、実績を積んで、山梨県の仕事を請け負えるほどに会社は大きくなりました。
父親が亡くなった後、32歳の若さで社長となった中込さんは、損得抜きで、人が受けないような地元からの頼みも受け、人間関係にも恵まれて、順調に事業を広げていきました。
40代から50代にかけて、2度、大病で入院・手術をしましたが全快し、その度、中込さんは、信心に支えられ、何事も前向きに受け止め、仕事一筋に生きてきました。そのことに悔いはありません。ただ、心残りなのは、10年前に、65歳で亡くなった奥さんのことです。
奥さんは、役場で働いていた時、仕事の関係で出入りしていた中込さんに見初められ、24歳で結婚しました。信心のない家から嫁に来ましたが、中込さんと一緒に、熱心に教会に参拝するようになりました。いつも、ニコニコして、愚痴・不足を言わず、人を恨んだり、悪口を言うことは根っからありませんでした。そんな奥さんのことを、中込さんは、「まるで、教祖様の教えをそのまま生きているような人で、本当にいい人を嫁にもらった」と言います。
奥さんは亡くなる直前、娘に、「私は幸せだった。皆さんにありがとうと言ってくれ」と言い残しました。
中込さんは、その話を娘から聞いた時、「仕事柄、随分心配や気苦労を掛けていたのに、文句の一つも言わず、その上、死を目前にしてお礼まで言って…。そんな妻がいてくれたからこそ、自由に、思う存分仕事をさせてもらえたんだ」と思え、泣けてしょうがありませんでした。
また数年前、中込さんは1冊の大学ノートを見付けました。そのノートに、中込さんの母親を介護していた、奥さんの思いがつづられていました。
奥さんは、「私はお義母さんを精いっぱい介護しているつもりだ。だけど、怒られて怒られてかなわない。私を憎むような顔をして私を怒る。お礼を言ってもらわなくてもいいから、せめて怒らないでほしい。主人に申し訳ない」と書いていました。
それを読んで、中込さんはびっくりしました。中込さんにとって、いつも優しかった母親が、80歳から亡くなるまでの3年間、下の世話をはじめ、何から何までしてもらっていた奥さんに、想像も出来ないそぶりを見せていたからです。
当時は、今でいう〝認知症〟という病名もなく、その症状も分かりませんでした。とはいえ、中込さんは、それほどの母親の変化に気付かず、介護してくれている奥さんのつらい思いを察することが出来なかったのを、今更ながら申し訳なく思うのです。
「きっと妻は、どれほどそのつらい思いを打ち明けたかったことか。でも、打ち明ければ、私に余分な心配を掛ける。そんなふうに思ってか、一言も介護の苦労を口にせず、『申し訳ない』と自分を責めていたのではないだろうか。少しでも、妻の苦労が分かり、慰めの言葉一つでも掛けさせてもらえば良かった。妻が生きているうちに、もっともっと『ありがとう』と言葉に出して、お礼を言ってあげられれば良かった…」と思うのです。
「妻は神様から贈られた最高の宝物だった」としみじみ語る中込さんは、「ずっと神様のお守りと教会の先生のお祈りを頂き、家庭や仕事の上にも、そして健康の上にも、願い以上のおかげを頂いてきました。ありがたいことです」と感謝しています。
これからは奥さんに安心してもらえるよう、日々健康に心掛けるとともに、神様やお世話になった方々に、少しでもご恩返しをさせて頂けるよう、先のことを心配せず、元気に過ごしていきたいと願っています。