●信者さんのおはなし
「伊賀忍法丸太積み」
金光教放送センター
「オレ仕事辞めた、ログハウス造りたいねん」
浩子さんの夫はそう言って、結婚10年目のある日、勤務していた一部上場企業を何の相談もなく退職し、妻と3人の子を残して、大阪からドロン…と一人姿を隠してしまったのです。まるで忍者のように…。行き先は奈良の山奥。忍者修行ならぬ、ログハウス造りを学ぶためでした。夫の胸の内に、ログハウスへの熱い思いがあろうとは、気付きませんでした。
ここは三重県の伊賀上野。周囲を山に囲まれた、忍者で有名なこの街に住む広岡浩子さんは、55歳になる健康的でポッチャリした明るい女性です。今でこそ笑って話せる夫の脱サラも、安定した暮らしを何より望んでいた彼女にとって、目の前が真っ暗になるほどのショックを受けたのでした。それは浩子さん32歳のこと。そして彼女が信心をやめていた時期でもありました。
ログハウスとは、丸太を積み上げて造られた家で、避暑地などで見かける、素朴で木のぬくもりを感じる造りの家です。
ご主人は半年の訓練を受け独立。仕事は始めたものの、不安な日が続きました。2年後に、ここ伊賀上野に会社を設立し、ほどなく、家族も住み慣れた大阪を離れ、引っ越して来ました。何も分からず紹介された家に、家族5人と3人の職人さんが住む生活が始まったのです。唯一の安心は、8人が暮らしても十分生活していける、この大きな借家でした。
引越しも済み、落ち着いたころ…、浩子さんが庭の草取りをしていると、「広いから大変でしょ」と大家さんも手伝ってくれました。手を動かしながら、会話も弾み、浩子さんが以前、金光教の教会にお参りしていたという話になったのです。
大阪で生まれ育った彼女は4歳の時、のど仏に腫瘍が見つかりました。お医者様は、「神経が集まっているところだから、手術をしなければならないが、それでしゃべれなくなることもある」と言うのです。彼女の母親は、そんな可哀相なことを…、かといってこの腫瘍も放っておけない…、とその板挟みに葛藤し、いっそこの子を連れて死のうと思ったのでした。
それを知った浩子さんのおばあちゃんが、「金光さんへ行こう、行って助けてもらおう」と親子を教会へ引っ張って行ったのです。教会へ行くと先生が話してくれました。
「神様がお医者様の手を借りて手術して下さるから、絶対に手術をしてもらいなさい、神様に助けていただきましょう」
その言葉は母親の心を神様に向かわせるのに十分でした。親も心が定まり、彼女は手術を受けたのです。
手術は無事成功。声も出て普通にしゃべれます。ただお医者様が言うのには、「腫瘍は取ったが、6年生までに再び出来ると小児ガンは治療が難しい」とのこと。すると今度はおばあちゃんが、「そんなら浩子が13歳まで何もなければ命はもらえるんだ」と言って、教会の先生に、「十三参りの年まで何としてでもこの子の命を救うて下さい」と頼み、次の日から毎朝始発の電車に乗ってお参りを続け、必死で神様に向かってくれたのでした。
そのかいあって、浩子さんは無事13歳の誕生日を迎えました。病気は再発しなかったのです。浩子さんは命を助けてもらった神様に自然と心が向かいました。それからは、おばあちゃんのように毎日、教会へお参りしました。しかし短大を卒業して就職したのをきっかけに時間が取れなくなり、次第に教会から足が遠ざかっていったのです。
その後、社内でご主人と出会い結婚。子どもも授かり大阪で普通の暮らしをしていた浩子さんが、将来に不安を抱えながらこの土地に来たのだと、これまでのことをあれこれ話したのです。
ところがそれを聞いた大家さんは、「ああっ、うれしい」と手放しで喜ばれたのです。
実はこの大家さん、他人に家を貸すのが初めてで不安に思っていました。そこで、いつもお参りしている金光教の上野教会へ行って、教会の先生に、「どうか神様、おうちへ入っていただく方を探してください」とお願いしてあったというのです。
浩子さんの話を聞き、そうと知った大家さんは、「金光様の教会にお参りしていた人が家を借りて下さった」と大感激。すぐに一緒に教会へ行こうとなり、こうして浩子さんは14年ぶりに教会の門をくぐったのでした。
神様から遠ざかっていた浩子さんの心の中で、金光様の信心が、「バン!」と音を立てて再び開けた瞬間です。着くと、教会の奥さんが、「よお来たなあ」とまるで家族のように迎えて下さり、実家へ帰ったような思いがしたのでした。
やっぱり私には神様しかないんだ。みんなの祈りに包まれて今の私があるんだ。彼女の心は再び神様に向かったのでした。頑張る夫の姿を見てはそっと手を合わせ、家族や関わりのある一人ひとりの幸せを願うその日その日が、感謝の心で満たされていくのでした。その祈りの暮らしも今年20年。夫が建てたログハウスは100軒を超えていました。
1本の丸太は、幾重にも重ねられた年輪がある。その重なりは、まるで毎朝一生懸命にお参りしてくれた、あのおばあちゃんの祈りそのもの。そうした、おばあちゃんや母親、先生たち一人一人の祈りの上に祈りが重なるように、丸太が積み上がり、出来上がった1軒のログハウス。それはまさに、幾つもの祈りに温かく包み込まれてきた、浩子さん自身だったのでした。