●ラジオドラマ「鈴木家の教訓」
第8回「最後の干し柿」
金光教放送センター
登場人物
・房子
・治美
・昭(治美の弟)
(玄関チャイム)
昭 ごめんください。
房子 あら昭さん、いらっしゃい。治美さん、治美さーん。
治美 はーい。
房子 弟さんいらっしゃいましたよ。(昭へ)さ、どうぞ。
昭 あ、年の瀬も迫った折に、母の葬儀の際はありがとうございました。
房子 お母様本当に急なことでしたね…。
昭 はい…。
治美 実家の母は一人住まいだったけど、とても元気で。だから、急に倒れるなんて思ってもみなくて。もっと田舎に行って、親孝行していたら良かった…。後悔してます。
昭 姉さん、ごめん!
治美 どうして?
昭 母さんは俺のせいで亡くなったんだ。
治美 何言ってるの。
昭 俺が心配掛けたから…。実は…会社がにっちもさっちもいかなくなって、それで…。
房子 私、席を外しましょうか?
昭 いいえ、ここに居て下さい。
房子 じゃあ、ちょっとお茶でも。
(お茶を注ぐ、出して)
房子 どうぞ。
昭 ありがとうございます。俺、社員3人ばかりの小さな運送会社をやってたんですよ。
房子 ええ、ええ。
昭 この不景気で仕事が大変だったんです。
それで資金繰りが苦しくなって、背に腹は代えられず、母さんに借金を頼みに行った…。あんな年金暮らしの年寄りのところに金を借りに行くなんて、俺もどうかしてた。本当に悪いことをした。(涙声)母さんは心配して…倒れたんだ…。
房子 それは違うと思うわ。あのね、幾つになっても親から見たら、子どもは子どもなの。頼られたら、親はうれしいの。
治美 昭、お母さんはそんなことで倒れたんじゃないと思うわ。
昭 …ごめん。それで田舎の家のことなんだけど。あれ、どうしようか?
治美 え、遺産相続ってこと?
昭 まあ、そうなんだけど。姉さん住む?
治美 まさか。
昭 田舎だから、僕も住めないし。
房子 遺産って言えば…。ちょっと待っててね。
治美 (声を潜める感じ)ねえ昭、それで会社はどうなったの?
昭 倒産した…。
治美 え! これからどうするの? あなたは家族だって居るんだし。
昭 トラック1台残せたし、細々と始めるよ。
房子 お待たせしました。はい。
昭 あ、干し柿。
治美 これ、母が作った干し柿ですよね。
房子 そうよ、最後の。毎年毎年丹精込めて作って送って下さるの。すごくおいしいのよね。お金や不動産だけが遺産じゃないわ。これだって立派な遺産よ、作り方教えて頂けば良かったわ。
治美 田舎の家の大きな柿の木。
房子 ええ、柿の実が夕日に輝いて奇麗だったわね。
治美 あそこは何も無いけど、良い所だったわ。高台の家から日本海に沈む夕日が見えて。
昭 ずーっとあのまま残しておきたいけど。家は古いし、空き家にしておくと、家が傷むって言うし。困ったなあ…。
治美 いっそのこと、売る?
昭 ん…、そうだねー…。じゃあ…知り合いの人に、不動産屋さんを紹介してもらおうか…。
治美 お願い。それで昭、家の後片付けに一緒に行きましょうね。
昭 ああ、もちろん。
治美 数日後、弟と一緒に田舎の家に行った。
昭 姉さん、キョロキョロしてないで、手を動かさないと、いつまで経っても片付かないよ。
治美 だって、懐かしいんだもの。お母さん、いつもこの神棚に手を合わせていたわね。
あ、お母さんの口癖思い出した。
昭 え?
治美 「ありがたい、結構なことだ、何の心配もない」って、いつも言ってたでしょう。
昭 それがお母さんの生き方だったね。「ありがたい、結構なことだ…」。そうだね。
(片付けている様子。物を積み上げたり、引き出しの開け閉めなど)
治美 昭。
昭 何?
治美 ここの引き出しの中に、干し柿の作り方のメモがあった!
昭 へえー。
治美 きっとお母さんが私に残してくれたのよ。
治美 2カ月ほど経ったころだ。
治美 お義母さん、弟から連絡があって、田舎の家が売れました。
房子 そう。
治美 定年退職した人が田舎に住みたいって。あの柿の木が気に入って、そして空気がおいしいし、海に沈む夕日や星空が奇麗だからって。そのお金、弟にあげていいですか? 再出発のために。
房子 そんなこと、治美さんの自由よ。でもいい遺産を頂いたわね。
治美 何を…?
房子 ほら、干し柿の作り方と、それからお母さんの口癖。「有難い、結構なことだ、何の心配もない」。いい言葉ね、これってお母さんからの遺産よ。
治美 ええ、そうですね。
房子 ねえ、最後に残った遺産を頂きましょうか。
治美 え?
房子 干し柿よ。
治美 お義母さんと2人なのに、3人分?
房子 もう1つは、亡くなったあなたのお母様の分よ。
昭 今日の教訓
治美 『目に見えない遺産を大切に』