●信者さんのおはなし
「ココロの散髪いたします」
金光教放送センター
鹿児島県北部の山あい、県内随一の一級河川、川内川に育まれた豊かな田園風景が広がる、ここ、さつま市に、金光教宮之城教会はあります。この教会にお参りしている伊東星さんは昭和24年生まれの63歳。2つ年上の妻・光子さんと夫婦2人で、鹿児島市郊外に構えた理髪店を切り盛りしています。
「1つ上の姉さん女房は、金のわらじを履いてでも探せって言いますけどね…」と、伊東さんは、はにかんだように笑いますが、本当に仲の良いおしどり夫婦です。
実は、伊東さんは、左足に障害があります。2歳の時に患った病気の後遺症で、まひがあるのです。今でも杖が必要です。
子どもの頃、おばあさんが、「金光様、金光様」と祈りを込めながら、その左足をさすりさすりしてくれました。そして、「天地の親神様が授けてくださった体だから、神様にお願いすれば、きっと良くしてもらえるからね」。そんなふうにいつも話してくれたことをよく覚えています。
伊東さんは、振り返って思います。こうやって思いをかけてくれた祖父母や両親、みんなの祈りの中で、自分はここまで生きてきたのだな、そのおかげで、今でも元気にこうして働くことが出来ているのだな、と。
さて、話はさかのぼり、理容師の専門学校を卒業した伊東さん。教会の先生に相談して、ある理髪店に修行に入ります。5年間の寮生活でした。きっちり技術を仕込まれる、その反面、ものにならなければ早く辞めた方が本人のため、という厳しい環境でした。
一日中の立ち仕事は体にこたえます。同僚の中には、あまりにつらくて、トイレに逃げ込み、足がパンパンで座ることも出来ず、立ったまま泣いている、そんな人もありました。足に障害のある伊東さんにとっては、なおさらです。
先輩・後輩の上下関係や人間関係に悩むこともありました。そんな時、伊東さんは時間を作っては教会にお参りし、先生につらいこと苦しいこと、思いの丈を聞いてもらいました。
教会の先生は、いつも、「星くん、よく参ってきたね」と、伊東さんの顔を見ては喜んでくださいました。そして、伊東さんの話をじっくり聞き、励まし、力付けてくれました。伊東さんは、それだけで心が助かり、また頑張ろうという気持ちになれましたと振り返ります。
つらいことがあって、話を聞いてもらいたくてお参りをした伊東さんを教会の先生は、喜んで迎えてくれました。伊東さんも、だんだん、先生の喜ぶ顔が見たくて、お参りをするようになっていきました。
そんなある時、先生が、「神様に喜んでいただける、そんな人にならせていただきなさいね」と言われました。今でも伊東さんは、先生のその言葉をはっきりと覚えています。その言葉は、伊東さんの心に深く刻み込まれました。
やがて5年間の修行を終え、いったん遠方で就職した伊東さんは昭和48年、独立して郷里の鹿児島に理髪店を構えました。そして、縁あって奥さんと出会い、それからは夫婦二人三脚です。
結婚してすぐの、真冬の寒い時期でした。南国九州、鹿児島といっても山あいには雪も積もります。そんな中、宮之城にある教会まで、片道37キロの山道を、大きなバイクに2人でまたがって参拝したことは、今でも夫婦の語りぐさです。
お客さんもほとんど無かった新規開店の頃、どんどん忙しくなって目の回るような毎日が続いた頃、そしてだんだん地域の高齢化が進んできた最近…。良い時、そうでない時の波はあります。でも、自分のことを、常にかばいながら支えてくれる奥さんと2人一緒だから、40年間ここまでやってくることが出来たのだと、伊東さんは思うのです。
伊東さんは、今、障害を持った人たちの施設でボランティアをしています。施設を訪問して、入所している人たちの散髪をするのです。休みの日に夫婦で通うようになり、かれこれもう20年以上になります。
伸びた髪の毛をカットして、セットして、さっぱり奇麗になってもらうと、皆さん、表情がぱっと明るくなります。笑顔になります。
伊東さん自身、これまでもどかしい思いや、つらい経験も重ねてきましたから、体の不自由な人たちの気持ちはよく分かります。そんな自分が、人のために何かお役に立てることをと思った時に、自分の持っている理容師の技術を生かすことを思い立ったのです。
伊東さんは、「よく人のため、人のためと言うけれども、結局は全部自分に返ってくるんですよね」と、こんなふうに話します。
障害を持った人のために、その人たちに喜んでもらおうと思って始めたこと。でも、喜んでくださった人たちの笑顔に触れると、こちらもまたうれしくなる。だから、また次も行こうと思える。そして、20年も続いている。この理容ボランティアは、伊東さん自身にとっても、大きな喜びとなっているのです。
人に喜んでもらい、そのことで自分自身がうれしくなる。その時、神様も喜んでくださっているのかもしれません。あの時、教会の先生に言われた「神様に喜んでいただけるように」という言葉は、ずっと伊東さんの心の中に響き続けています。
伊東さんは「60歳も過ぎて、サラリーマンで言えばもうとっくに定年ですけどね…」と言いながら、それでもみんなの笑顔が見たくて、奥さんと2人、今日もお客さんを迎えます。