金魚の看病


●先生のおはなし
「金魚の看病」

金光教横須賀よこすか教会
木本雅史きもとまさふみ 先生


 私は金光教の教師になった後、2年と3カ月間、東京の新橋しんばしにある教会に修行に入りました。
 そこでは毎朝、お祈りの前に、お掃除と水撒きと、池の金魚にエサをあげることが日課でした。金魚たちはとてもよく育っていて、私が表で掃き掃除などしておりますと、街行く人が池をのぞいては、「立派なコイですね」と仰います。私が、「いえいえ、この子らは金魚なんですよ」などと答えると、皆さん大変驚かれます。それほどみんなぷっくりと太って、可愛らしい金魚たちでした。
 ある朝、いつものようにエサをあげようとすると、1匹の雌の金魚の様子がおかしいことに気付きました。体が風船のように膨れて、うろこが松ぼっくりのように開いています。よたよたと力なく泳ぐその子のおなかを、他の金魚がつついています。
 丁度産卵の時期で、雄の金魚が雌のおなかをつついて、排卵を促そうとしているのです。その子のことは、以前から、「ちょっと太っているかな」と、気にはなっていましたが、それは病気の始まりだったのです。弱っている上に、雄の群に追い回され、つつかれていては、体力を消耗し、長くは持たないでしょう。
 早く手を打たないといけないと思い、師匠である教会長に状況を説明すると、「雅史先生、これも修行よ。この子の看病をして、治してあげられたら、あなたはこの子にとって神様になるのよ」と仰いました。普段から、ずぼらな私は、忙しい時などは植物に水をあげるのを忘れたり、金魚のエサやりが遅れたりと、物言わぬもののお世話の難しさを実感していましたが、こうして私は金魚の治療という修行を始めることになりました。
 早速、情報を集めたところ、この金魚はどうも「松かさ病」という病気にかかっているようでした。体が腫れて、うろこが開き、そこからばい菌が入って体にかいようが出来てしまう病気です。薬をとかした水や、適度な食塩水で泳がせて、消毒をすると良いようですが、治すのは難しいとのことでした。
 私は早速水槽を用意し、薬をとかした水で満たし、池から金魚を移そうとしましたら、私の気も知らず、彼女はものすごく暴れます。弱った体のどこにこんな力があるのかと驚くほど、縦横無尽に池の中を逃げ回ります。ようやく網で捉えて水槽に移すと、観念したのか、やがて静かになりました。
 ところが、その日以降、彼女は全くエサを食べなくなりました。薬や塩も、浴びさせる時間や量を間違えると死んでしまいますから、正確に量らないといけません。緊張する作業でした。何十匹の中の1匹でしたが、こうして一対一でお世話をさせてもらうようになると、また格別の愛着が湧いてくるもので、私は毎日彼女の病状と、食欲とが気掛かりで仕方なくなりました。ある時などは、うろこの様子を見るために、床に腹ばいになって水槽をのぞきこんでいたところを師匠が見掛け、私が倒れていると思って驚かれる、といったこともありました。それほど私は金魚のお世話に夢中になっていました。
 ところが、そうした私の愛情は、どうも片思いらしく、金魚は相変わらず不機嫌で、気付くと水槽の周りが水浸しになっています。彼女がしっぽで水を飛ばして抗議しているわけです。広い池から水槽に移された訳ですから、当然ストレスもたまっているでしょう。
 それでも、あんまり強く飛び跳ねるものですから、いつか水槽から飛び出して死んでしまうのではと心配になって、何とかストレスが減るように、水槽の周りを布で覆って刺激を少なくしたところ、次第にエサを食べるようになりました。黒ずんで濁っていたうろこの色も、鮮やかなオレンジ色に変わっていき、傷口も塞がり、体型も元に戻ってきました。
 しかし、ご機嫌の方は相変わらずで、水槽の水を交換する時はいつもけんかです。看病しているのに、人の気も知らずイライラをぶつけてくる彼女ですが、可愛くて仕方がない。「親の心、子知らずとはよく言ったものだ」などと考えていた時、ふと、始めに師匠に言われた、「この子にとっての神様になるのよ」という言葉が思い出されました。
 金光教の教祖は、「神様は人を助けることだけを考えておられるから、人の身の上に決して無駄なことはなさらない。信心していれば、みな、後には幸せになる」と説かれました。神様が色々な出来事を通じて人を助けようとしても、人間の側からすると、それは、時につらい出来事であったり、悲しい出来事であったりして、苦しんだり、悩んだりします。
 そんな時に、やけを起こしてしまってはつまりません。万が一、水槽から飛び出てしまうようなことがあっては大変です。そんな時は焦らずに、ゆっくりと深呼吸することも大切です。そうして神様に一切の悩みをお任せして、お祈りをして、問題が解決した後の幸せな姿だけを思い浮かべるのです。出口のない苦しみなどは決してないのですから。
 うれしいことに、金魚はその後、健康を回復して、元気に池に戻りました。当の金魚は私の気持ちなど、全く知らないでしょうけど…。

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