●先生のおはなし
「地域の人たちと共に」
金光教富山教会
三浦義雄 先生
私たち家族が地元に帰り、8カ月ほど経った平成12年の秋、近所の方が訪ねて来ました。「来年から、町内会の副会長をしてもらえませんか」と頼まれました。地元とはいえ、私の奉仕する教会がこの地に移転して、まだ十数年。その間、遠く離れた地で仕事をしていた私には、顔見知りの人はほとんどいないのです。
「新参者で、何も分からないのですが…」
「大丈夫ですよ。何とか受けてもらえませんか?」
私は、不安はあったものの、神様が、町内の方々と顔見知りになれる機会を与えて下さったんだと受け止め、「はい。分かりました」と返事しました。
その方は、ほっとした顔で「ありがとう。助かります」とお礼を言い、帰って行かれました。
年末に新しい役員が集まり、来年度の行事や運営について話し合いました。その後、お酒を酌み交わしながら、会長から「何年も会長をしているので、そろそろ新しい人に代わりたい。でも、受けてくれる人がいない。それに、色々と声を掛けても町内行事に協力してくれる人が少ない」など、思い通りにならない現状を聞かせてもらいました。
地域の人間関係も薄れてきている今日です。予想していたとはいえ「町内のご用、大変そうだなあ」と、少し気が重くなりました。しかし、今さら辞退するわけにもいきません。
「頼まれたことはきちんとさせてもらおう。現状がどうあれ、愚痴・不足を持たないように、人に言わないようにさせてもらおう」。そんな心構えで臨むことにしました。
やがて5年が過ぎ、次の年からようやく、町内会を構成する班から、順番に会長を選ぶことが決まりました。私はいつの間にか、町内の方々と自然にあいさつを交わし合うほどになっていました。
輪番制になって2人目の町内会長は、それまで、ほとんど顔を合わせたことのない下条さんという方でした。定年退職後も仕事をされ多忙な中、真面目に会長の務めを果たされました。
特に熱心だったのは、夜回りの実施です。それまで年に数回、適当に巡回して済ませていた防犯・防火パトロールを、定期的に、きちんと継続していきたい、というのです。
私や他の役員は当初「そこまでしなくても。これまで通りでいいんじゃないか」と、夜回りには消極的でした。しかし、何度もそのことを取り上げる熱心さに動かされ、平成21年11月から、とりあえず月2回、役員と班長全員が、二手に分かれて、町内の夜回りをすることになりました。とはいうものの、1月から3月までは雪が積もるので夜回りはしないという、弱気なスタートです。
夜8時、めいめいに拍子木や振り鐘、懐中電灯などを持ち、蛍光色のジャンパーを着て、公民館を出発しました。所要時間は約30分。月に2回ですから、防犯・防火上の実際的な効果がほとんどないのを、口には出さないものの、みんな分かった上のことでした。
冬の休止期間が終わり、4月から、夜回りが再開されました。
その日、私は振り鐘を持ち「チリン、チリン」と鳴らしながら、他のメンバーと歩いていました。小さな踏切をわたり、農業用水が脇を流れている細い道を歩いて、曲がり角に来ました。新しく班長になった方の家があります。
「見たことのない車が止まってますね」
「ああそれ。娘が孫と帰って来ていてね」
話しながら角を曲がると、まだ寒いのに窓が開いて、「おじいちゃん。がんばって」と、お孫さんから声が掛かりました。
私は、お孫さんに「おじいちゃんは、みんなのために頑張っているんだよ。素晴らしいおじいちゃんだね」と伝えるかのように、振り鐘を「チリン、チリン。チリン、チリン」と大きく鳴らし、可愛らしい励ましに応えました。
すると、これまでとは違う思いが湧いてきたのです。これまでは「してもしなくても、変わらないのに」と思いながら、嫌々ではありませんが、役員の義務として、というような夜回りでした。
ところが、お孫さんの声を聞いて、大きく振り鐘を鳴らした後、「町内の皆様が、どうぞ、平和で幸せに暮らして下さいますように」と祈るような思いが湧いてきたのでした。春先とはいえ、道路脇にはところどころ雪が残っています。でも、お孫さんの声と祈りで、心がポカポカと温かくなってきました。
前よりも短く感じられた夜回りを終え、私たちは公民館に戻って来ました。昨年から一緒に回っている方が「夜回り、結構楽しいもんだね」と言われました。私は「そうですね。いいことですよね」と返事をしました。
金光教祖は、「世界中が神様の広前である」と教えておられます。教会の広前では「世界中の人が平和で幸せな暮らしが出来ますように」と、日々お祈りをしています。そして、夜回りで歩く道もまた、地域の方々の平和と幸せを祈る神様の広前なのだと、改めて思わされたのでした。
夜回りの実施に力を尽くされた下条さんは、会長の任期を終えて2年後、がんで亡くなられました。私は夜回りの時、下条さんの家の前で「ありがとうございます」と、お礼の気持ちをこめて「チリン、チリン。チリン、チリン」と振り鐘を鳴らし、通り過ぎて行きます。