●先生のおはなし
「お母さんが怖い」
金光教入田教会
瀬戸信吉 先生
昨年の8月のことです。猛暑が続いていたある日、30歳代の優子さんから、「お父さんが亡くなりました。ご葬儀をよろしくお願いします」という電話が掛かってきました。
優子さんが高校生の時、お母さんを病気で亡くしてから、優子さん家族の生活は一変しました。優子さんは、お父さんと中学生の弟と3人で協力しながら家事をこなし、慎ましく生活をしていました。
年月は流れ、優子さんは就職、弟も高校へと進み、無事就職され、家族3人、仕事をしながらの安定した暮らしの中、ご縁を頂かれ、結婚することになりました。その後、弟さんも仕事が忙しくなり、社宅に住み込み、お父さんが1人で暮らしていくことになりました。優子さんも、弟さんも、事あるごとにお父さんの住む家に帰っていました。
更に数年後、優子さんには、おかげで子どもが出来、子どもさんが学校に通い出すと日々の生活が忙しくなり、なかなかお父さんの所へ行けなくなっていたのです。
優子さんの子どもが中学生となった年の平成24年。毎年のように、お盆にはお父さんの元に帰ることを楽しみにしていたのですが、お盆直前の猛暑の続く日、突然お父さんが亡くなったのです。
急なことなので気持ちの整理もつかぬまま、弟さんと相談し、取り急ぎ私のところへ電話を掛けてきたのです。
優子さんと弟さんとの相談の結果、私が奉仕させて頂いている教会で葬儀をすることになりました。慌ただしく私も準備に取り掛かり、何とか葬儀の準備は出来ました。
遺族親族の方々が教会に来られ、決めた時間通りに、優子さんたちと共にご葬儀を仕えさせて頂き、最後に、御霊様の立ち行きと、遺族の立ち行きを、ここからお願いしておりますことをお話し、ご葬儀を終えました。
秋のお彼岸前に、お墓に納骨させて頂きました。そのお祭りの後、親族の方々と食事を頂いていた時のことです。
優子さんが私のところに来て、「先生、本日はありがとうございました。無事、仕えさせて頂き、ホッとしています」。その言葉の後、ちょっと時間を置いて、意を決した顔で優子さんは、「ところで先生。私は時折お母さんの夢を見るのですが、その後、必ず、子どもがけがをするのです。先生はどう思われますか? 私はお母さんが怖い。お母さんの夢を見るのが、とても怖いのです」と言ったのです。
その話を聞きながら、私はある信者さんから聞いた御霊様の話を思い出していました。
その信者さんは、こう話してくれました。
「これは、先生からいうと、おじいさん。先々代の教会長先生に、私が、教えてもらったことです。御霊様は、あの世へ行ってからも、子孫のことを見ていて下さるんです。見ると言っても、ただボーッっと見ているのではなくて、ちゃんと責任をもって見ていてくれると教えてもらいました」と話してくれたことを思い出していました。
そして、私は、優子さんに話しました。
「優子さん、あなたはお母さんの夢を見るのが怖いと言いましたが、お母さんの夢を見たから、子どもさんがけがをしたのではないですよ。あなたも子どもを授かり、親がどれほど子どものことが可愛いか、よく分かるでしょう。あなたたち姉弟を残して、早くに亡くなられたお母さんは、さぞつらかったでしょうね。亡くなられた後も、御霊様として、あなた方姉弟のこと、お孫さんのことが、可愛くて可愛くてたまらないと思いますよ。その思いのまま、あなたたちをお守り下さっていると思うんです。あなたのお子さんが、けがをする前に、何とかあなたに伝えたくて、夢に出て下さっているとしか思えません。何とか守ろう、伝えようとしているお母さんの御霊様を怖がったのでは、お母さんの御霊様も、せっかく教えてあげようとしているのに、分かってもらえないとつらいでしょう。ですから、今後、お母さんが夢に出てくれたら、怖がるのではなく、まずは御霊様にお礼を言って、いつもよりも増して、しっかり子どもさんを守ってあげて下さいね。すると、今日からは、お父さんと一緒になってあなた方のことを責任をもって守って下さるに違いありませんよ」と言わせて頂きました。
優子さんの顔は、穏やかな顔に変わっていきました。そして、「そういうことだったのですか。分かりました。ありがとうございます」と言われ、笑顔を見せてくれました。
金光教の教祖様の教えに、「手厚く信心する者は、夢を見ても、うかつに見るなよ。神は、夢にでも良し悪しを教えてやるぞ」とあります。神様を始め、ご両親、更にはご先祖様までもが、常日頃、私たちのことを願い、責任をもって見ていて下さいます。そして、何か困ったことが起こりそうな時、起こってしまった時、何とかおかげを受け助かって欲しいという思いから、夢にまで出て、教えようとして下さっているということなのです。
常日頃、責任をもって私たちを見守って下さっている神様、御霊様にお礼を申し上げ、更には、神様、御霊様に安心して頂ける、喜ばれる生き方になるよう、焦らず、無理をせず、今あるがままに何事にも実意をもって取り組んでいきたいと思わされております。