銀座のお漬け物


●こころの散歩道
「銀座のお漬け物」

金光教放送センター


 3月末、娘が東京の大学に入学が決まり、バタバタと引っ越していきました。
 2年前、息子を京都の大学に送り出しているので、勝手は分かっているつもりでしたが、末っ子で、しかも女の子で、いろいろと心配の種が増えていきます。
 ちゃんと起きたかしら? 戸締まりは? 電車を間違えなかったかしら? いつ、娘から連絡がくるかもしれないと携帯電話が気になって、つい目がいってしまいます。
 そう思っている矢先に、着信音。
 「もしもし、お母さん。私は、朝の満員電車をなめていたよ」という娘からの電話です。1時限目に間に合うように乗る中央線の混み方は、地方で育ち、どこへでも自転車で行く暮らしをしていた者には、全く経験したことがない強烈な都会の先制パンチだったようです。
 「大丈夫?」。東京で暮らしたことのない私も想像を巡らすことしか出来ずにいます。
 「大丈夫。何とかひるまず突っ込んでいって乗れたから。それから、今日はお弁当も作ったし」
 私の心配とはうらはらに、張り切っている娘の声が響きます。
 「へえ~、起きるのがやっとかと思ったら結構やるじゃん」
と安心したのと同時に、子どもの手が離れたことを改めて実感しました。

 それまでの夕食の時間は、賑やかに食卓の隣同士で「おばあちゃん、私のところに漬け物置かないでよ」と漬け物の苦手な娘が言えば「こんなおいしいものが食べられないなんて、可哀想な子だねえ」とおばあちゃんが応える、お決まりの漬け物バトルがあったり。反対に娘の好きなおかずの時は、本当においしそうに頬張り、音を立てておかずが減っていくのでしたが、家に残ったおじいちゃん、おばあちゃんと私たち夫婦では、いつまでも昨日のおかずが残ったままで、静かな静かな食事の時間が過ぎていきます。
 「火の消えたっていうのはこういうことをいうんだね」と、夜、夫に話しながら「私がこんなこと言うなんてね」と苦笑するのでした。娘が生まれたころから、夫の仕事が忙しくなり、長期出張も多く、当時私は、家事と子育てと仕事と、非常に忙しい日々を送っていました。とにかくやることがいっぱいで、いつ寝たのか、いつ食べたのか記憶にないほどでした。そんな風に追いまくられていた時、自分のことだけに時間を使える日が早く来て欲しいと、その時を待ち望んでいたはずなのに、いざその日が来てみたらこんなにメソメソしちゃって、全く情けない私です。
 「私もそれは経験済み」。慰めてもらおうと友達に話すと、ぴしりと言われました。
 「うちなんかさ、大学入学で家を出てから、東京で就職して、社内恋愛をして、結婚して。18歳の時からそのまま東京に行きっぱなし。寂しいもんよ。でもね、その娘の結婚式の時、いろいろな人のスピーチを聞いて、仕事の上でも上司から信頼され、友達もたくさんいて、海外からこの日のためにわざわざ駆けつけてくれた子もいてね。なんか私の知らないうちに、こんなに成長していたんだなと思ってね、ジーンとしちゃった。もちろん寂しさはあるけど、親元離れて良かったと思ったんだよ」と話してくれました。
 考えてみれば大学に入れたのは本人の頑張りが一番ですが、健康面でも、経済面でも問題がなく恵まれてのことだし、それに加えて親元を離れるだけの環境があるのは、決して当たり前ではない、感謝してもしきれないことなんだと改めて思い直しました。娘にはこの恵まれた中での大学4年間を、いろいろな人に出会い、良き経験をたくさんしてもらいたい、そう思えるようになりました。

 それから2カ月。娘からの電話が日に何度も掛かってきていたのが、5回になり、3回になり「あれ、今日は掛かってこなかったな」なんて思うようになったある日。娘から段ボール箱が1つ届きました。使わない物が入っているのかと思っていましたが、開けてみると「父の日」を兼ねて家族それぞれに宛てたプレゼントが入っていました。
 夫にはピンクのYシャツ、お散歩に行くおじいちゃんには熱中症にならないようにと帽子、私にはエプロン。そしてなんとおばあちゃんには、なぜか銀座で買ったお漬け物。いつもおばあちゃんと漬け物バトルをしていた子が、漬け物を買いに行ったなんて…。おばあちゃんはもったいない、もったいないと涙ぐんでいました。

 子どもが生まれてから、夜、何度も起こされながら授乳をし、おしめを替え、添い寝をしていた子が、やがて一人で寝られるようになり、そのうち自分の部屋で寝るようになり、そして一人暮らしをするために巣立って行きました。
 「これで親の役目は終わりかと思ったけど、そうじゃないんだね」と夫に話すと「親って言う字は木の上に立って見るって書くだろ。木の上からは遠くて直接手は出せないけれど、反対によく見えてくるものもあるからな」という返事。
 そうなんです。いよいよ見守り祈るという大切な役目が残っているのだと思いを新たにいたしました。

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