ラジオドラマ「毎度ご乗車ありがとうございます。」第4回「生命(いのち)ときめく希望のかけ橋」


●ラジオドラマ「毎度ご乗車ありがとうございます。」
第4回生命いのちときめく希望のかけ橋」

金光教放送センター

登場人物
・春江 80代
・茜(学生) 21歳
・車掌


(ナレーション)
ただ今より皆様を7分間の列車の旅へご案内致します。それでは出発です。(電車の出発音)

(嵐の音)

(電車が急停車する音)

春 江: どうかしたのかしら。止まってしまった。駅でもないのに…。
車 掌: (車内放送)お知らせ致しまーす。ただ今、赤信号のため停車致しまーす。
春 江: えっ、こんな橋の上で?

(ナレーション 春江)
私、野上春江。80の半ばを過ぎています。年の割に元気で、今日も親類の法事に出掛け、帰りは夕刻となってしまいました。列車に乗った時には晴れていた空が見る見るうちに曇り、次第に嵐のような悪天候となってしまいました。それだけでも気が重いところに、列車が止まってしまうなんて…。
私の隣には若い女性が座っていました。

 茜 : そのうちに動き出すんじゃないですか。
春 江: そうね、いらいらしたって始まりませんものね。おせんべいでもいかが?
 茜 : 結構です。
春 江: じゃミカンは?
 茜 : 食べたくありません。
春 江: じゃ失礼して…、うー、思ったより酸っぱい!
 茜 : (突然吐き気を催した様子)うっ…うううう…。
春 江: どうなさったの?
 茜 : そのミカン。匂いが。すぐにしまって!
春 江: は、はい…。(ハッとなって)あなた、も、もしかして…。
 茜 : 嫌になっちゃう。自分の体なのに思うようにならない。だるくて何ものど通らなくて…う、ううう…。
春 江: ごめんなさい。しまいます。でも赤ちゃんが産まれる、とてもおめでたいことじゃありませんの。
 茜 : …あたし、産むつもりはないんです! う、う、う…。

(ナレーション 春江)
嵐はますます強くなってきました。いつまで経っても列車は動き出しません。若い女性は、ぽつぽつと身の上を話し始めました。彼女は茜さんと言い、21歳の学生。医学部の学生と知り合い、恋仲となりはしたものの、相手の両親からまだ若いからと結婚を反対され、その上、子どもができたことを知った彼は、別れようとさえ言い出したそうです。

 茜 : 田舎の両親に相談に行ってきたんです。でも、「ふしだらな娘は勘当だーッ。」って(泣く)。もう、どうしたらいいのか分からないんです。

春 江: 茜さん、恋をすることができる人間って、素晴らしいとは思いませんか?
 茜 : 素晴らしい?
春 江: 一日中その人のことを思い、命を投げ打っても尽くしたい、そんな純粋な思いを持てるのは人間だけかも。だから私はいつも思うの。一生のうち、たとえどんなに短い間だけでも、そう思える人に巡り合えた幸せを感謝しなければって。
 茜 : 感謝なんてできません。結婚できないんですもの。
春 江: でも生きているじゃないの! その上、その方の分身も、あなたの体の中で息付いている。あたしにはいない。もういないのよ。愛する夫もかわいい子どもも…。
 茜 : …い、いない?

(雷鳴)

春 江: 5歳だったわ。かわいい盛りの男の子。主人と2人でたまたま乗り合わせた列車が、嵐に遭って…。今夜のような大雨で山が崩れトンネルの中で…。

(落石の音)

春 江: 列車ごと土砂の下敷きに。それがこの先の長いトンネル。もう何十年も昔のこと――。

春 江: あたしたちの命だって、いつどうなるか分かりゃしない。あたしたち人間は、何か目には見えない大きな不思議な力によって生かされ…生きているのよ。
 茜 : …生かされ…生きている?
春 江: うん、茜さん、せっかく頂いた新しい命、もう一度、彼とよく話し合って…。苦労は多いと思うけど、勇気を出して、元気な赤ちゃんを産んでね。
 茜 : ご、ごめんなさい。馬鹿な考えを起こしたりして…。
春 江: 良かった! 分かって下さって…。
 茜 : 彼のところへこれからすぐ行ってきます。
春 江: お相手のご両親だって、あなたの親御さんだって、かわいいお孫さんのお顔を見ればきっと…。新しい命ほど光り輝いているものはありませんもの。
車 掌: (車内放送)ご迷惑をお掛け致しましたが、間もなく発車致しまーす。

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