ラジオドラマ「毎度ご乗車ありがとうございます。」最終回「危うくキタマクラ」


●ラジオドラマ「毎度ご乗車ありがとうございます。」
最終回「危うくキタマクラ」

金光教放送センター

登場人物
・古川 敏男 40歳
・古川 
通子みちこ 38歳
・古川 弥生(長女)12歳
・古川 健一(長男)8歳
・正造 62歳
・車掌
・乗客たち


(ナレーション)
ただ今より皆様を7分間の列車の旅へご案内致します。それでは出発です。(電車の出発音)

(岩肌に叩きつける波の音、海猫の鳴き声)

通 子: …あ、あなたー、あなたー!
敏 男: …。
通 子: (敏男を見付けた様子)あなた、…あっ、危なーい! どうかしたの? こんなに高い崖の上で。足でもすべらせたら大変!
敏 男: う、ああ。あそこを飛び回っている海猫を見ているうち、俺もあんなふうに大空を自由に飛び回れたらなぁって…。
通 子: 何言ってるの。戻りましょう。時間に間に合わなかったら大変…。

(ナレーション 通子)
うちは先祖代々酒屋ですが、このところ駅前に出来た大型スーパーに押され、売り上げが思うように上がらず、夫は毎日頭を痛めている様子でした。そこで、家族そろって気分転換を図るため、釣りを楽しもうと、海へ出掛けてきたのでした。

弥 生: お父ちゃん、たくさん釣れてよかったねッ。
健 一: 駅に着いたら駅弁買って!
通 子: 弥生、健一、あんたたちの大好きなカワハギがこんなにいっぱい獲れたんだから、夕飯は天ぷらにして食べましょう。
健一・弥生: わーい、カワハギ、カワハギの天ぷらだーっ。わーい。

(列車の進行音)

通 子: ハア…ハア…ハア。乗り遅れるところだった。2人とも、大丈夫?
健一・弥生: (口々に)お母ちゃん、疲れちゃった…。
通 子: 空いてればいいのに。あっ、あそこが空いてる。

(大いびきの音)

(ナレーション 通子)
その空いている席の横には、見るからにお酒に酔いつぶれた男性が寝そべっていました。

通 子: (プリプリしつつ)他の人が座れないじゃないの。でもここしか空いてないから仕方ないか…。すみませーん(正造に声掛け)。少し狭いけど、座らせてもらって眠っていきなさい。
敏 男: 魚の入ったバケツ、ここに置いておくか。

(正造のかく大いびきとゲップの音)

弥 生: 臭ーい!
通 子: 我慢、我慢。こんなになるまで飲まなくたっていいのに。お酒なんて百害あって一利なしね。やだやだ…。人に迷惑掛けるお酒売って毎日暮らしているのね、あたしたち…。
敏 男: 嫌いか? 酒屋が。
通 子: はい、大っ嫌い。
敏 男: …じゃ、止めよう。
通 子: えっ?
敏 男: 酒屋を止めてしまおうかって言ってるんだ。
通 子: 悪い冗談言うのはやめて。
敏 男: …実は、…かなり借金があるんだ。
通 子: えっ、そんなにあるの?
敏 男: 3代続いた店だから潰したくないけど、近頃、店の売り上げは激減してるし、続けてても伸びる見込みはない。子どもたちの教育費だってかかる一方だし…。
通 子: じゃ、どうすれば…?
敏 男: どうしようもない…。
通 子: ま、まさかあの時…!
敏 男: す、すまん。身を投げられたら、どんなに楽になれるだろうかって…。
通 子: …あ、あなた…!

(列車の急ブレーキ)

乗客たち: (口々に)わっ、どうした、どうしたっ。何が起きたんだ?

(バケツの水がこぼれる音)

正 造: (悲鳴のように)わー冷めてえ。誰だ、こんなとこにバケツ置いたりしたのは。酔いがさめちまった…。
敏 男: す、すみません、すみません。すぐに片付けます。今、釣ってきたカワハギなんです。
正 造: カワハギだっ? えっ、どれ…(のぞき込む)。違う。こ、こ、こ、こいつは、キタマクラ!
敏 男: 何? 何ですって?
正 造: キタマクラ。姿形はカワハギに瓜二つじゃが、一口でも口に入れたならば最後、あっという間にあの世行き。北を枕に横たわるそれは恐ろしい魚だ。

通 子: あ、あなた…!
敏 男: 夕飯に一口でも食っていたら…。
通 子: 一家そろって…ああーっ!
車 掌: お知らせいたします。先程、鹿が線路内に立ち入り、急停車致しましたが、間もなく発車いたします。

敏 男: 鹿じゃない!
通 子: …えっ?
敏 男: 列車を止めてくれたのは鹿じゃない、鹿じゃないんだ。
通 子: …どういうこと?
敏 男: 通子、俺たちいつもどんな時にも仲良くしていたな。
通 子: え、ええ。…だって、あたしたち夫婦なんですもの…。
敏 男: そんないい女房と子どもを残して海へ飛び込もうなんて…馬鹿な考えを起こしちまった俺に神様が…神様が…! 助けてくれたんだ…。
通 子: ええ、ええ。きっとそうですよ。
敏 男: 助かった、本当に助かった。…うう…うううう…(うれし泣き)。
健一・弥生:(びっくりして口々に)どうかしたの、お父ちゃん、泣いたりして。
通 子: お腹が空いちゃったんですって。ね、お父さん。
敏 男: うん? ああ、駅弁も買い損なっちゃったし。
健 一: おなか減ったね。
正 造: あのお、なあ…。
通 子: あら、おじさん。
正 造: あの…これ、俺のいなりずしでよかったら。
通 子: あら、どうもすみません。本当にいいんですか?
正 造: ああ。ゆっくりお上がり。
健一・弥生: わー、どうもありがとう、おじさん。

敏 男: 通子、これからも2人で仲良く酒屋を続けていこうな。なぁに、必死になって働けばいいんだ。
通 子: そう言えばお酒は、「百薬の長」って言いましたっけ。ほほ…ほほ…ほほほほ…はい、頑張ります! あたしも――。
車 掌: まもなく希望ヶ丘――、希望ヶ丘――。終点でございまーす。

 

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