わがいのち


●信者さんのおはなし
「わがいのち」

金光教放送センター


 和歌山県の金光教熊野くまの教会に参拝する、濱邊誠治はまべのぶはるさん。近くには、落差133メートルの高さから落ちる那智の滝があります。それは力強く、気高い雰囲気を漂わせています。熊野の地で育った濱邊さんは、今70歳ですが、これまで何度も命を助けられてきました。
 小学校3年生の夏、重い病気にかかって、学校を2カ月くらい休むことになりました。高い熱が何日も続いて、鼻血が止まらず、洗面器一杯くらい出ました。お医者さんから、この子は治っても障害が残るかもしれませんと言われ、お父さんは必死の思いで、自宅から20キロの道のりを、自転車で教会にお参りしました。わが子の病気を助けて頂きたい一心でした。お父さんの熱い思いが通じたのか、濱邊さんは、次第に元気になっていきました。その時のことは、幼い濱邊さんの心の中に、印象深く残りました。
 お父さんからは、「教会にお参りすることが大切なんだよ」とよく聞かされました。お父さんが教会へ参り始めたころは、自転車で長い道のりを通っていました。その後に、自動車免許を取り、近所の信者さんを5人ほど乗せてあげて、お参りしていました。朝のまだ暗い3時50分頃、子どもだった濱邊さんも、「お参りに行くぞ」と勢いよく起こされ、付いて行きました。濱邊さんは当時のことを振り返って、「今から思うと、私は素直だったのかなあ」と、照れながら言います。
 雨の日も風の日も休むことなく、お父さんは、お参りを30年以上続けていたそうです。そんなお父さんの影響を受けて、濱邊さんも、19歳くらいから50年近く、朝のお参りを続けています。
 若いころの濱邊さんは、教会の青年会活動をしていましたが、そこで奥さんと出会い結婚し、4人の子どもを授かりました。奥さんが4人目を妊娠した時、命の尊さを強く感じさせられる出来事が起こりました。
 妊娠6カ月の時、突然出血し、診察を受けると、胎盤が普通の位置にない状態でした。当時は医療技術が進んでおらず、命を亡くした人もあったようです。お医者さんから、「この場合、子どもをおろす人もありますが、どうされますか。でも、赤ちゃんはもう、7カ月目近くになってますしね~」と言われました。身内や周りの人たちは、とても心配し、3人も子どもがいるんだから、無理して産まなくてもいいんじゃないかと言う人もいました。奥さんは、産めるものなら産みたいという気持ちでした。
 どうすべきか迷った濱邊さんは、教会にお参りし、先生に相談しました。先生は、「せっかく神さまから授かった命。大切にしましょう」とおっしゃいました。その一言で、濱邊さんの決心がつきました。「産ませてもらおう」と。
 お医者さんから言われたことは、少しでも、おなかの中で赤ちゃんが成長するように、安静を心掛けることでした。そして、妊娠9カ月になった時、大出血を起こして、帝王切開で赤ちゃんを取り出してもらうことになりました。
 仮死状態で産まれ、酸素濃度の高い保育器に、1週間くらい入っていました。赤ちゃんの目が駄目になるかもしれないと言われ、また奥さんの方も、39度の高熱が5日間続きました。濱邊さんは看護をしながら、「助けて頂きたい」とすがる思いで朝のお参りを続けていました。教会の先生からは、「心配な気持ちにばかり目を向けず、一心にお願いして看護をしてあげて下さい。幼い命も、奥さんも、精いっぱい頑張っておられます」と言われ、勇気付けられました。すると次第に、奥さんの熱も下がり、赤ちゃんも段々と元気になりました。あれから30年くらい経ちますが、現在はその息子さんの世話になり、一緒に暮らしておられます。
 濱邊さん自身も、15年前、心臓弁膜症で12時間に及ぶ手術を受け、無い命を助けて頂いたと言います。脳梗塞も3回起こしましたが、いずれも大事に至らずに済みました。お医者さんからは、「不思議やなあ、あんた、どうして生きてるんか、不思議や」と言われるほどです。
 濱邊さんは、どんな苦難の中にも、迷うことなく、くじけることなく、「いつも神様に守って頂いているんだ」という信念を持っています。
 濱邊さんの毎日の心掛けとして、目が覚めたらまず、いのちを頂いたことに感謝します。そして、金光教の4代目の教主である、金光鑑太郎こんこうかがみたろう先生のお歌を唱えるそうです。

 ちちははのいのちにつづくわがいのちわがものにしてわがものならず
 ちちははのいのちにつづくわがいのちわがものにしてわがものならず

 子どものころ、朝早くから親に手を引かれ、眠い目をこすりながらも、教会にお参りしていた濱邊さん。今では、自分のことだけではなく、家族のみんなも尊いいのちを頂いていることに、お礼を申し上げずにはいられません。
 濱邊さんは振り返ってこう言います。「信仰の有り難さを、身に染みて感じております。もし信心していなかったら私はどうなっていただろう…。苦しいことにばかりとらわれて、暗い人生になっていたと思います…」。そう語る濱邊さんの目は、少し潤んでいました。
 何度も命を助けて頂いた神様への揺るぎない確信を胸に、そして、そんな信心を身を持って伝え、残してくれた親の思いに包まれて、濱邊さんは今日も教会にお参りします。

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