二つの大震災に遭いました


●信者さんのおはなし
「二つの大震災に遭いました」

金光教放送センター


 おはようございます。今回は福島県の郡山市にあります金光教岩代郡山いわしろこおりやま教会をお訪ねしています。こちらの教会の玄関には、東日本大震災の時に出来たひび割れが生々しく残っていて、当時の激しかった揺れを物語っています。また、教会には放射線量測定器が置かれてあり、現在も原発の問題が残されていて、大震災からの復興が大きな問題として横たわっていることを感じさせられました。
 しかし、教会の中に入りますと、ありがたい雰囲気と共に明るく家庭的な雰囲気が漂ってきます。それは神様をお祭りしてあるお広前ひろまえの隣に、参拝者たちがくつろげるスペースが用意されていて、お茶を飲みながら、先生と信心の話が出来るようになっているからでしょうか。そんな岩代郡山教会に参拝している西田さんに、話を聞いてみました。
 西田幸重にしだゆきしげさんは大阪生まれの43歳です。西田さんは仕事で神戸、広島、高松、そして郡山へ転勤してきて、こちらの教会にご縁を頂いたそうです。西田さんの家は、ひいおじいさん、ひいおばあさんの時代から既に金光教のご信心をされていました。ひいおじいさん、ひいおばあさんの代からといえば、ざっと計算しても100年以上も前からの信心が、ずっと続いているということになります。
 ですから西田幸重さんは信心の4代目。小さい時から、「悪いことをしたらあかんよ。神さんが見てはるからね」。そんなふうに生活の中に自然と神様という言葉が使われる家庭で育ち、神様も教会も小さい頃からとても身近な存在だったそうです。
 そのように小さい頃から、自然と教会にお参りしていた西田さんですが、中学生になってからは、金光教のフォーゲル隊というものに参加するようになりました。フォーゲルというのは、金光教の教えに基づいて、少年少女を育てようという活動で、リーダーと共にゲームやキャンプをする中で大切なことを学んでいくのです。
 フォーゲルでは、「実意に生きる」「全ての人を愛する」「笑って困難に当たる」「たゆまず進歩する」という4つの目的を掲げて活動しています。西田さんは、このフォーゲルに参加しながら成長し、小さい頃には、「親が信心しているから」「家の宗教だから」という感じでしたが、次第に金光教こそが自分の求める信心であるということに目覚めていきました。
 さて、この西田さんが高校を卒業し、神戸で就職をしていた時、阪神淡路大震災が起こりました。その時、西田さん24歳。若かった西田さんは、「出来るだけ体を動かしての救助活動をしたい」と、被災した教会やフォーゲルの仲間を訪ねて、懸命にボランティア活動に励みました。フォーゲルでの経験を生かし、小学校に子どもたちを集めて一緒に遊んだり、お菓子を配ったりしました。ストレスに侵され、暗い顔だった子どもたちが笑顔を見せてくれたのは、この上ない喜びでした。
 一方、会社は被災したため、親会社に吸収され、そこから西田さんの転勤生活が始まったのでした。でも、転勤先にはいつも金光教の教会が近くにあり、フォーゲルの仲間がいました。郡山に来た時も、会社のすぐ裏に教会があり、びっくりしたほどでした。
 そして、西田さんが郡山に来た翌年、なんと東日本大震災が起こりました。阪神淡路大震災、東日本大震災、この日本で起きた大きな震災の両方を身近に体験した人は珍しいのではないでしょうか。
 当時、西田さんは教会の近くの9階建てのマンションに住んでいましたが、家の中がぐちゃぐちゃになり、奥様と子どもさん2人を連れて、教会に避難したそうです。
 その後、奥様と子どもさん2人は、奥様の実家に預けました。初めは春休み中だけ、という思いでしたが、しばらくして原発の問題が起こり、別居生活は今も続いています。
 一方、阪神淡路大震災の時には若かった西田さんも、今度は責任ある立場になっていました。会社は震災の影響をもろに受け、仕事に追われ、真夜中まで働き、朝も早くから出勤する生活となりました。
 阪神淡路の時には、無我夢中でボランティア活動に明け暮れた西田さんでしたが、今回は、また違った体験をしました。大震災の翌朝、近所のコンビニで若い女の子がいつもの通りに働いているのを目にしました。まるで何もなかったかのように、あまりにも自然に働いている姿に西田さんは胸を打たれました。自分の家がどれほどの被害に遭っていたかは分かりませんが、自分を見失わず、自分のやるべきことをやろうとする、その女の子の姿に感動を覚えたのです。「そうだ、この震災からの復興は日常生活を取り戻すことなんだ」と西田さんは心に決めました。
 阪神の時の自分のように、フォーゲルの若い子たちが、ボランティア活動を申し出てくれた時にも、その気持ちはありがたく受けながら、西田さんは彼らに、「今こそ自分の日常を大事にしてくれればいいんだよ。その日常はとてもありがたいものなのだから」と、言葉を掛けました。
 西田さんは、「今、ここには苦しんでいる人がたくさんいます。何としてもお役に立つ働きをさせて頂きたいんです」と語ります。2つの大震災を経験した自分だからこそ出来る何かがあるはず、神様はきっと無駄事はなさらないからと、西田さんは心からそう思って、復興に取り組んでいます。

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