独りぼっちでかわいそう


●こころの散歩道
「独りぼっちでかわいそう」

金光教放送センター


 「ただいまー」
 「ずいぶん遅かったのね」
 「うん。ちょっとあってね」
 一番心配していた妻が、ほっとした様子で高校3年生の次男を出迎えました。今日は、次男の大学入試センター試験の第1日目。妻と母とが腕を振るってスタミナ料理をたっぷり作り、次男の帰りを家族みんなで首を長くして待っていたのです。
 「遅くても午後の6時までには帰るからおいしい夕ご飯よろしくね。みんなで一緒に食べようよ」などと言っていたのに、もう8時過ぎ。
 「いったいどこで寄り道してたんだい?」
 と、ついつい口を挟んでしまった私。
 「お父さんには関係ないよ」
 「そんな言い方はないんじゃないか!」
 「まあまあ、お父さん」
 妻のとりなしでその場は収まったものの、次男は食事をろくに口にせず、すぐに自分の部屋へと入っていきました。残った家族もそそくさと夕食を終わらせたのでした。
 次男は小さいころから自分中心のやんちゃ坊主で人のことなどそっちのけ。高校3年生の今でも妻をいつも困らせています。
 そんな次男のことですから、どうせテストの出来が悪くて家に帰りづらくなり、友達とどこかで遊んできて遅くなったに違いないと妻と話し合っていました。
 後日、その日帰宅が遅くなったいきさつを妻から聞きました。次男がこっそり話してくれたというのです。

 次男の話はこんなことでした。
 試験が終わり、すぐに帰宅しようと試験会場近くの路面電車の停留場に行った時のこと。一人の女子高生が何やら困った顔で、うろうろしていたそうです。
 その困った様子を見て次男は、「どうかしたんですか?」と声を掛けたのでした。
 事情を聞いてみると、どちら行きの電車に乗ったらいいのか分からないというのです。行き先を聞くと、同じ東方面。じゃあ一緒に行こうと、次男はその女子高生と一緒に電車に乗りました。隣同士の席に座ると、女子高生は安心したのか自分の身の上をいろいろと次男に話してくれたのです。
 彼女は、車で3時間以上もかかる遠く離れた地域からの受験生でした。たった一人で初めてこの町に来て、不慣れな上に緊張もあり、自分の思い通りにはいきませんでした。前日、試験会場の下見に行こうとしたら反対方向行きの電車に乗ってしまい、終点まで行ってしまって、試験会場に着くのに3時間以上もかかってしまったとか…。
 そんな彼女の話を聞いているうちに、自分が少しでも手助けしてあげられることはないかな、と次男は考え始めたようです。ちょうど2人の乗った路面電車が満員になり混雑してきたので、
 「君の降りる所が近くになったら電車の降り口まで僕が案内するから、心配しなくていいよ」と、次男は言ってあげました。
 さらに彼女の話を聞くと、宿舎周辺の勝手が分からず不安だったので、昨日の晩ご飯は泊まっている宿舎の近くのコンビニで、パンとジュースを買って済ましたと言います。次男はその話を聞くと、今度は彼女のことが可哀想になってきました。
 「今日の晩ご飯は何が食べたいの?」と、聞いてみると、「カレーが食べたい!」と、彼女はすぐさま答えたそうです。
 「よし、それじゃあ僕がカレーのおいしい店に連れて行ってやるよ!」
 彼女の降りる所を通り過ぎ、自分の降りる所まで行って、そこから歩いて5分ほどにある、おいしいと評判のカレー専門店に、次男は彼女を連れて行ってあげました。
 次男はそこで帰宅するつもりだったそうですが、彼女が独りぼっちで食べるのは可哀想だなと思い返して、一緒に店に入ってカレーを食べ、そして店を出る時には彼女の代金まで支払ってあげたというのです。
 店を出てからは、また一緒に電車に乗り、彼女を送ってあげ、そして次男は帰宅したのでした。
 
 「そんなことがあったのかい」
 「そうなのよ」
 妻から次男の帰宅が遅くなったいきさつを詳しく聞いて、私はもう恥ずかしいやら情けないやら。息子の行動を良い方に取らずに、悪い方に思い込んでいた自分を猛反省したことでした。
 次男とのわだかまりも解けたある日。
 「彼女を案内してあげたばかりか、カレー屋を紹介し、一緒にカレーを食べて、彼女の代金まで支払ってあげて、その上に宿舎まで送ってあげるなんてすごいじゃないか。けど本当のところ、彼女が可愛かったからじゃあないのかい?」などと、ついついふざけて聞いてしまった私。
 「そんなんじゃあないよ。今思ってもあの時僕があんな行動を取ったのは、彼女が独りぼっちで可哀想だったから。このことに尽きるんだ」

 自分のことばかり先に考えるのではなく、困っているから少しでも手助けをしてあげたい、独りぼっちで可哀想だから、何とかしてあげたいという心で彼女に寄り添ってあげたことに、次男の大きな成長を見せてもらいました。
 次男は彼女の名前もメールアドレスも聞いていないというのですから、あっぱれです。しかしこれではロマンの展開が…、いや、私は何を期待していたのでしょう。私も親として成長していかねばなりません。

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