この手で育てられたんだね


●信心ライブ
「この手で育てられたんだね」

金光教放送センター


(ナレ)金光教の集会で行われた発表や講話などを録音で紹介する「信心ライブ」。
 平成25年7月、名古屋市で信奉者の喜びを語る集会が行われ、金光教古渡ふるわたり教会の森清司もりきよしさんがお話をされました。
 森さんはお母様と奥様の3人暮らし。お母様は前の年の暮れに転んで足を骨折し、4カ月も入院されました。退院後には、何かにつけて、人の手を借りなければならなくなり、お母様は、その度に、「すみません、すみません」と言われていました。森さんも奥様も、少し介護に疲れ始めてきた時、森さんは大きなことに気が付きました。さて、どんなことでしようか。

(音源)ある時、母の爪が随分伸びていることに気が付いて、爪切りも自分で出来ないのですね。病院にいる間は看護師さんがやって下さっていたのですが、退院してからは、爪を切るのが私の仕事になりました。
 気が付くと、爪を切ってあげるわけであります。爪をパチパチと切りながら、母の爪を眺めていますと、自分の手とよく似ているんですね。指の形とか、爪の形とか。そういうのを見ておりますと、こういう手に私は育ててもらったんだなぁと、その手をまじまじと見ながら、母のお世話になってきたことを、その時、やっと実感しました。
 色々とやって頂いたことに対して、私は爪を切るくらいのことしか恩返しが出来ていないんだなぁと、その時に気が付いて、今まで何かあると、「すいません、すいません」と私のことを呼びつけていましたけれども、自分から母を支える、母のお役に立つことを進んでやっていなかったなぁと気づきました。何かやっぱり心の中に、「やってあげている」とか、「面倒くさいが仕方ない」とか、そういう思いが少しあったのではないかなぁと、その時にやっと反省を致しまして、これは自分から気が付いて、母の喜ぶことをしてあげようと、そういう気持ちにやっと、なってきました。
 そうしましたら、母も爪を切る度に、あぁ奇麗になった、ありがとうね、ということで、「ありがとう」という言葉にだんだんと変わってきました。今は、爪切りをしてもらう度に本当にうれしそうにして下さるわけでありますけれども。
 私も爪切りばかりに気持ちが向きまして、最近はネイルサロンのように色々磨いたり、ピカピカにしたり、ちょっと調子に乗っているようなことなんでありますが、そういうことをしながら、やっぱり自分が気持ちよく相手のお世話をしておると、して頂いた方も、「ありがとう」と、快く私の思いを受け止めてくれる、そういうことなんだなぁと、そこで改めて自分のあり方を見直したわけであります。
 母はずいぶん背が小さくて身長が138センチしかないんですね。私は168センチほどありますので、30センチぐらい身長が違います。
 現在も母はちょっと姿勢もすぐ悪くなりますので、138センチどころか、130センチくらいのところで、ちょっと油断すると、すぐ腰を曲げて歩くものですから、「背を伸ばして」とか、「姿勢を正しく」と言いながら、母の歩く運動のお手伝いをしようと思って、一緒に歩くわけでありますけれども、最近、すっと母がですね、手を出すんですね。一人で杖を持って歩くんでありますけれども、やっぱり転んではいけないからスッと手を出すんです。私もスッと手を出して、母と手をつないで家の前を2人でテクテク、テクテクと歩いているんですね。
 何ともいえないような雰囲気なんですけれども、近所の人もそういう姿を見てですね、「あなたたちは仲がいいね」と、そういうふうに見守って下さると思いますし、近所の人が、「しばらくお母さん見なかったけれど。あぁ、けがをしていたんですね。お大事に」ということで、外で運動をしておりますと、近所の方々が声を掛けて下さる。それで母もやる気を出しまして、「今日は誰に会うかなぁ」と、思いながら外を歩くというようなことをしておりました。
 母と手をつないで歩くなんてのを40歳を過ぎてやりまして、何か恥ずかしい思いもするのでありますが、そういう姿を見て、家内が言うように、「あなたたちは仲がいいねぇ」という姿になって、「あぁ、これが私も信心をしているからこそ、これまでの間違いを正して、親に孝行の出来る自分の思いにならせてもらってきたかなぁ」と、そのように感じさせて頂いているのであります。
 母もこれまで、「すみません、すみません」と言ってきたことが自然と、「ありがとう」という言葉に変わっていきました。そうすると、言う方も自然と顔がにこやかになりますし、「ありがとう」と言ってもらった僕の心もですね、ほんとに温かくなりまして、「感謝してくれる人のためにはもっと頑張らないといけないなぁ」という気持ちになって、最近は母のために、2人で過ごしている時間の中では料理をしたりとかですね、お掃除をしたりということも積極的に取り組むようになりました。
 そして母がいつも、「ありがとう」と言ってくれるその言葉が神心として私の心に届いて、その喜びが私をまた成長させて下さるんだなぁとありがたく感じています。

(ナレ)介護する人される人。お互いにつらい時もありますね。でも、そんな時、「あぁ、この手で育てられてきたんだ」…と思う、それだけで優しい気持ちになれるかもしれません。少し、心の向きを変えてみませんか。そこにありがたいものが生まれてくると思います。頑張って下さいね。

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