一勝二敗一引き分け


●先生のおはなし
「一勝二敗一引き分け」

金光教松阪新町まつさかしんまち教会
水野照雄みずのてるお 先生


 私の奉仕している金光教の教会にお参りしてくる小学生の少年がいます。名前はユウキ君。いつも、お母さんとお祖母ちゃんに連れられてお参りしてきます。
 ある年の春休みのこと、4月に入ったころでした。いつものようにお参りしてきたユウキ君が、今日はお母さんとお祖母ちゃんより前に座って、神様に向かって何やら真剣にお祈りをしています。
 「金光さま…。神さま…。お願いします」
 そして、私のところに一人でやってきました。
 「今度、5年生になります」と、ユウキ君。ああそうか。もう、そんなに大きくなったんだな、と思って聞いていると、「同じクラスで仲良しだったタケシ君とケンタ君と、5年生になっても一緒のクラスになれますように。それから、また1組になれますように」との願い事です。
 「5年1組になりたいの?」と尋ねると、「うん。まえ、小学校に入る時に1年1組になれますように、ってお願いしたら1組になれて、それから2年生も3年生も4年生もずっと1組だったから」。
 …そう。確かに、そんなことがありました。なぜ1組か、その理由は分からないままでしたが、願いどおり1組になれたのでした。
 「それから、ソフトボールのピッチャーのコントロールが良くなって、試合に勝てますように」
 「そうか。ソフトも頑張ってるもんね。よし、神様にお願いしようね。練習もしっかりね」
 そんな会話がありました。
 それからしばらくして、始業式を1週間ほど過ぎたころ、またお参りしてきました。今度も、お母さんとお祖母ちゃんの前に座って、お祈りをしています。そして、「先生、ありがとう」。元気な声です。
 「5年1組になれなくて、仲良しのタケシ君とは一緒になれなかったけど、ケンタ君とは同じクラスになれて、5年2組になりました。ソフトボールの試合、これまで一ぺんも勝ったことのない強いチームで、勝てなかったけど、引き分けになりました」。
 こんなふうに、話してくれました。本当に喜んでいるのが伝わってくる、こちらまでうれしくなるような声でした。
 「良かったね。神様に、ありがとうって言おうね」
 「はい」とニコニコ顔で返事をして帰っていこうとしたのですが、振り返り、もう一度戻ってきて、「生徒会の役員にも選ばれて、ありがとう」と、ユウキ君。
 あら、そんなタイプだったっけ。どっちかというと、ちょっとお調子者と思っていたけど。聞けば、自分で立候補したのだそう。
 そうかそうか、良かったな。うれしそうだったな。と思いつつ、よくよく考えてみると、4月の初めにお願いしていたこと、全部が願い通りになった訳ではないのです。
 まず、1組になりたかった、けど、なれなかった。それから、仲良し2人と同じクラスになりたかったけど、1人とは一緒になれなかった。そして、ソフトボールの試合は、負けなかったけど、引き分け。
 4月の初めの4つの願い事の内、願い通りになったのは、実は1つ。ケンタ君と一緒のクラスになれたこと、だけ。言ってみれば、1勝2敗、1引き分けなのです。でも、ユウキ君はニコニコ、喜んでいました。
 自分だったらどうだろうか。そんなことを考えました。4つの願い事の内、一つしか叶わなかったじゃないか。こんなふうに文句を言っているかもしれない。
 子どもだから物事がよく分かっていないから、なんてことでは決してないと思います。子どもであればなおのこと、クラス替えなんて世界がひっくり返るくらいの大事件のはず。ソフトボールの試合だって一大イベントです。
 そこを、ユウキ君は、タケシ君と一緒のクラスになれなかったこと、1組になれなかったこと、ソフトの試合に勝てなかったこと、そんなことを不満に思うのではなくて、ケンタ君と一緒になれたこと、ソフトに負けなかったことを喜んでいるのです。
 そんな1勝2敗1引き分けを心から喜んでいるユウキ君は、エラい。きっと神様も喜んでおられるよ、と、今度お参りしてきたら伝えてあげようなどと考えていて、ふと思いました。
 生徒会の役員に選ばれたのって、そのご褒美と、それと、ここからの励ましのためだったのかな。神様が、そんなふうにして下さったのかもしれない。
 それから1年あまり。ユウキ君6年生の夏休み。ソフトボール、小学校最後の試合がありました。
 ここまでもいろんなことがありました。エースで4番に選ばれて、結構いい線いっていたのに、ここ一番の大事な試合でまさかの大乱調とか、ピッチャー返しをまともに食らって救急車とか。こちらも一喜一憂、時には肝を冷やしたり。
 そして、その最後の試合の後。また、うれしそうに報告にやってきました。心なしか随分しっかりしたような印象を受けます。
 「試合、勝ちました。ピッチングもうまくいきました。そしたら、バッティングのほうも調子に乗って、いっぱい打てました」
 体力・技術の向上はもちろん、メンタル面の成長がみられる、とかなんとか、評論家なら言うところかもしれません。
 何かある度に神様にお願いして、うまくいった時も、うまくいかなかった時も、神様と一緒に、出来たことを喜んでユウキ君はここまで歩んできました。その結果が、この最後の勝利を呼び込んだのだと、私には思えたのです。
 喜ぶ力は、やっぱり偉大だ。

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