第2回 伝える


●こころの散歩道
第2回「伝える」

金光教放送センター


 私が、ある山あいの小学校の子どもたちと関わるようになったのは、一本の電話からでした。
 「突然お電話して申し訳ありません。私は、全校生徒合わせても60名足らずの小学校の校長です。毎年、市の主催で音楽集会があるのですが、吹奏楽では、どんなに頑張っても他の学校に見劣りしてしまい、いつも子どもたちが、がっかりして帰ってきます。子どもたちのためにと考えまして、ハンドベルなら、少人数でもいい演奏が出来るのではないかと思いました。そこで、指導者を探していたところ、知り合いがあなたを紹介して下さって…」というお話でした。
 ハンドベルというのは、ピアノの鍵盤の音が一つひとつ楽器になっているようなものです。私は、ハンドベルに30年近く関わってきましたが、音楽の教師でもない私にそんな大役が果たせるのか自信がなく、戸惑いました。けれども、私がすぐに断れなかったのは、がっかりしている子どもたちが、元気になるお手伝いが出来るというところに、おせっかいな私の心が動いたからです。しばらく考えましたが、答えは出ず、妻から、「これには何か神様の思いがあるのかも知れないわよ」と、後押しされ、受けることにしました。

 私の住んでいる市街地から、車で40分。どんどん空気は澄み、山の緑が濃くなっていきます。この地区は、お茶が栽培され、特に玉露は全国的にも有名な産地です。道路の横には、川がきらきらと流れています。
 学校に着き、いよいよ小学4年生と5年生の子どもたちとのご対面です。どの子も、素直そうな顔で、真っすぐに私を見ている目が、きらきらしていて、私はすっかりこのきらきらパワーにやられてしまいました。かわいい。この子たちと一緒にベルをやりたい。音楽集会では自信を持って演奏し、満足して欲しいと心から思いました。
 私は、ベルを演奏する前に、子どもたちに、2つのお願いをしました。1つ目は、「諦めないこと」です。私が関わってきたハンドベルメンバーは、音符が読めない人ばかりでしたが、とにかく続けることで上達したので、「みんなも諦めないでね」とお願いしました。そして、もう1つは、「心をそろえる」ということ。これが、ベルをやってきて一番大切だと思うことなんです。楽譜通り間違えずに演奏することも大切ですが、ベルという楽器は、心をそろえてその音が重なった時、不思議に相手の胸に響く音になることを話しました。みんな真剣な表情で聞いてくれました。
 初めはおっかなびっくりベルを触っていた子どもたちも、次第に慣れ、心をそろえるための地味な音出しの練習をまじめに続けてくれました。子どもたちの上達は、思いの外早く、とにかく言われたことは、何でも覚えてしまう子どもの純粋さに、こちらまで心洗われる思いと責任を感じました。私は、月2回子どもたちに会えることが、楽しみになりました。

 そして、迎えた音楽集会。私は、あいにく行けませんでしたが、会場では、ベルの音色のすばらしさにどよめきがあったと、後日校長先生が熱く語ってくれました。当然子どもたちは、自信を付け、誇らしい気持ちで帰って来たことを聞き、私も本当にうれしく思いました。
 今年度最後の授業で、来年音楽集会に出てベルを演奏する下級生に、上級生がベルの指導をしていました。一人の上級生に、「何て教えてあげたの?」と聞くと、「指揮をよく見て。そうすれば心がそろうよ。うちの学校のすごいところ出せるよ」と伝えたそうです。その姿はとてもほほ笑ましく、頼もしく、本当にいい顔をしていました。下級生は、あどけないながら真剣に受け止めていました。

 私もいろんな人との関わりの中で、このことだけはどうしても伝えたいと思うことがあります。相手のことを思って、言葉を尽くして伝えようとするのですが、それがいくら理屈にかなっていても、相手の心に届かないことがよくあります。そんな気持ちを、妻に話したら、「私はね、最近、話をする時、『あなたのことがだーい好きだから』という気持ちで話しているの」ということを聞かされました。
 「だーい好き」か…。なるほどと思いました。私ときたら、「全く困った人だ。そんなことしてたら痛い目に遭うのに、どうして言うことを聞いてくれないのか」と、どちらかというと腹立たしい気持ちで、正論をまくしたてることが多かったのです。言いたいことは、8割で押さえ、後の2割は大好きだという気持ちで、どうぞ分かってくれますようにと祈っていく。そのことが、伝わるための大切な中身なのかなと考えさせられました。
 
 「あっ! そうか」
 校長先生が子どもたちのことを思う「だ~い好き」という気持ち。上級生がベルに出会い、ベルで学校の良さを現したいという学校が「だ~い好き」という気持ち。これが、あの時下級生にも伝わったんだ。
 思いがけない誘いで出会った「だーい好き」な子どもたちから、私にも心に残る温かいものが伝わってくるのでした。

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