小川さんの杖


●先生のおはなし
「小川さんの杖」

金光教墨染すみぞめ教会
松岡光一まつおかこういち 先生


 私の奉仕する教会に長年参拝されている小川おがわ好子よしこさん。今年83歳になられました。バスと電車を乗り継いで、教会へお参りされています。
 いつも明るく、穏やかで、少し控えめな方ですが、熱心に参拝され、一心に神様に心を向けておられる姿からは、芯の強さが感じられます。そんな小川さんから、信仰に生きることの力強さと確かさを教えてもらったことがあります。
 それは今から数年前のことです。当時、体操教室に通っておられた小川さんが、その帰り道、自転車で坂道を下っておられました。車の通る車道から歩道に入ろうとした時です。ちょっとした段差にタイヤが滑り、バシャーンと倒れてしまったのです。出血はしていなかったものの、足に力が入らず起き上がることが出来ません。どうしたものかと困っているところに、「あら、小川さんのおばちゃんじゃないの」と声を掛けて下さる方がありました。以前住んでいた町内の知り合いの奥さんでした。偶然通り掛かったその方が、慌てて救急車を呼んで下さり、すぐに病院へ搬送されました。診察の結果、左ひざを複雑骨折していて、ギプスで固めてもらい、1週間ほど待ってから、足に金具を入れる手術をし、ひざから下を21針も縫うことになりました。
 応急処置が終わってすぐ、入院先の病院から、電話を掛けてこられたのですが、その時の小川さんの言葉に、私は大変驚いたのです。
 「実は、こういういきさつでけがをしました。でも、頭を打っていたら大変でしたけれど、頭は打たずに、足のけがだけで済んで良かったです。それに、倒れたのが歩道側でしたから、これまた良かったんです。車道の方でしたら、車も通っていますし、危ないところでした。その上、偶然、知り合いの人が居合わせて下さって、『小川さん、大丈夫?』って駆け寄って来て、救急車を呼んで下さったから本当に助かりました。神様がその方を差し向けて下さったんだと思います。それに救急車で病院に運ばれる時も、自宅に一番近い病院がちょうど空いていて、そこに運んでもらうことができました。家族が来るにも都合がいいし、ちょうど嫁が仕事に通う途中にある病院で、本当にありがたかったです」と、こんなふうにおっしゃったのです。
 足に金具を入れるような手術を控え、この先、元のように歩けるかどうかも分からない、そんな不安な状態の時に、「ありがたいです、ありがたいです」と、明るい声で話して下さったのです。
 小川さんの手術は無事成功し、その後、リハビリ専門の病院に移って、数ヵ月間、リハビリに取り組まれました。退院後、教会にお参りに来られ、入院中のことを話して下さいましたが、その話を聞いて、またまた驚きました。
 ある時、1人の認知症のおばあさんが、同じ部屋に入院して来られました。付き添いの娘さんが、童謡などの歌の本を置いて帰られたのを見て、小川さんは、「このおばあさんは、きっと歌がお好きなんだろう」と思い、おばあさんと一緒に「赤とんぼ」などの童謡を歌ったのです。すると4人部屋の他の人たちも一緒に歌って下さるようになって、看護師さんたちも、「この部屋はすごいなあ。みんなで明るく歌を歌ってるなんて、こんな病室はないですよ」と驚かれたというのです。
 またある時は、隣のベッドに96歳になる耳の遠いおばあさんが入ってこられました。看護師さんがいろいろ説明をされるのですが、どうも聞こえていない様子でしたから、小川さんが一緒に聞いて、後からおばあさんに、「この薬はこうですよ、これはこうするんですよ」と教えてあげていたというのです。入院中の出来事を振り返りながら、小川さんは、「おばあさんも、看護師さんも、『あなたが居てくれるから助かるわ』と喜んで下さいました。けがをして入院している私が、人様のお役に立てて、本当にありがたかったです」とうれしそうに話して下さったのです。
 そして退院後、1年ほど経ったころのことです。小川さんは、けが以来、杖をつくようになり、その日も杖をついてお参りされました。帰り際、車で来ていた方が、近くの駅まで送って下さいましたが、駅に着いて、教会に杖を忘れたことに気付いたのです。運転していた方が、「取りに戻りましょう」と言って下さいましたが、小川さんは、「他の所に忘れたのなら心配ですが、教会に忘れたということは、神様が、『もう杖を置いていけ』とおっしゃったんだと思いますから」と言って、杖を持たずに帰られたのです。
 後日、お参りに来られ、「あれからずっと杖を持たずに歩いています。外を歩く時には、『金光様、金光様』と心の中で唱え、一歩一歩神様にお願いしながら歩かせてもらっています。かえって慎重に歩きますし、差し障りありません。ありがたいです」とおっしゃったのです。
 つらいことや苦しいことに出合ったり、不安や心配事が膨らんだりした時に、そこをどう受け止め、乗り越えていくのか。そして、どんな生き方をしていくのか。小川さんの姿に、信仰に基づく生き方の力強さ、確かさを感じます。
 信仰の力とは、何か特別な不思議な力を身に付けることではなく、どんな時にも我が身を支えて下さっている働きのあることをありがたく受け止め、そしてその喜びをもって、人様のお役に立つ生き方を進めようとするところにあるのではないでしょうか。小川さんの姿を見ながらそう強く感じるのです。

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