この道通るべからず


●昔むかし
「この道通るべからず」

金光教放送センター

朗読:杉山佳寿子さん


 昔むかし、ある村に、吾助ごすけというおじいさんがおりました。
 ある日、吾助が畑を見に行きますと、作物が荒らされておりました。吾助は、「苦労して育てたのに、誰がこの作物を取ったのだろう」と、プリプリと怒り、家に戻って言いますと、おばあさんは、
「それは人が取ったのではなくて、山の獣が食べたんですよ。隣の伊作いさくさんも畑が荒らされたと言ってましたよ」
 それを聞いて頑固な吾助は、
「いや違う!」と言い、
「大体わしの畑の真ん中にある道を、村のやつらが町に行く近道だと通るから、ついでにもぎ取って行ったのだ」
と言い、はたとひざを打って、
「そうじゃ、畑の中の道を通れないようにしよう」
 それを聞いたおばあさんは、
「町に行くには、山際の小石のごろごろした回り道を通らなければなりませんよ。だからご先祖様が畑の中の道を広げて、村の人たちのために作った近道なんですよ。大体おじいさん、自分の道だなんて思うのは間違ってますよ。お天道様から頂いた皆の道ですよ」。
 それを聞いて吾助は更にプリプリと怒り、
「この道通るべからず」と紙に書き、立て札を立てました。
 それでも気になって見に行きますと、隣の伊作が町から帰って来ました。それで吾助は、
「おい、この立て札が見えんのか?」
と言いますと、伊作は、
「わしは字が読めんのでな」と言います。
 しばらくすると、今度は村人の権三ごんぞうが通りかかろうとしましたので、また、
「おい、権三! この字が読めんのか?」
と言いますと、権三は、
「ほおー、これは字か? わしは何の絵かと思うておった」
と言って通り過ぎて行きました。
 吾助はすっかりプリプリと怒ってしまい、その畑の道の入り口に柵を作ってしまいました。
 さてそれからです。何と家の者も町に行く時には遠回りをしなければなりませんでした。帰って来た時に吾助が居なければ、柵が開かずに、家に入れないのです。おばあさんがいろいろと言いましたが、頑固な吾助が首を縦に振ることはありません。
 ある日、孫娘のまつが、町に買物に行きました。あまりに帰りが遅いので、おばあさんが心配して戸口に立っておりますと、ややあって松が荷物を抱え、片手にげたをぶら下げて裸足で帰ってきました。おばあさんはびっくりして駆け寄り、
「お松、どうしたのかい? げたの鼻緒が切れたのかい?」
と尋ねますと、松は「いいえ」と言います。
「早う早う、取りあえず足を洗うてあげよう」
「自分でしますから」と松は言いましたが、おばあさんは急いで水をくみ、松の足を洗ってやりました。そして、
「お松、足にもけがをしているではないか。一体どうしたのじゃ」と聞きますと、松は、
「あの山際の道を歩いている時、石がごろごろしているせいか、げたの歯が欠けてしまいました。するとげたの『痛い痛い』と言う声が聞こえてきました」。
 おばあさんはびっくりして聞きました。
「お松は、げたの言葉が分かるのかえ?」
「はい、このげたは私のために、こんなに身を減らして働いてくれたのです。だからげたの言葉はよく分かります」
と答えました。そうして、
「ですから、げたが可哀想になって、脱いで裸足で帰って来ました」
「お松の足を痛めてまでもかね」
 おばあさんが言いますと、
「げたが可哀想で、後で奇麗に洗ってやって、おとっつぁんに直してもらいます」
「げたにも、いのちがあるような話じゃね」
 すると、松は、
「あら、いつもおばあさんが、どんな物にもいのちがあるから大切にしなさいって…」
「ホホ…、そうじゃった」
 それを、戸の陰からおじいさんがずーっと聞いておりました。その翌日です。おじいさんが松を呼びました。
「『どうぞお通り下さい』、とこの紙にお前の奇麗な字で書いておくれ」
と言いましたとさ。

 おしまい。

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