●信心ライブ
「見えるおかげ、見えないおかげ」
金光教放送センター
(ナレ)おはようございます。
金光教の教えの中に、「目に見えるおかげより目に見えぬおかげが多い」というものがあります。今日はそれについて、宮崎県都城教会の桒原隆治郎さんが、平成30年に、西郷教会でお話しされたものをお聞きいただきます。桒原さんが学生時代、鳥取県で過ごしていた時の出来事です。
(音源)大学2年生の時に、絶対に忘れられない大きな出来事がございました。平成12年7月23日、ちょうど夏の盛りの時でした。
飲食店でアルバイトをしていたんですけれども、「休みの日に申し訳ないが、出前の器を取りにいってもらえないか」と頼まれました。「ああ、いいですよ」と、それで夕方に鳥取市の隣町に向かって車を走らせておりました。ちょうどその隣町との境目の峠に差し掛かったところで、視界の右の方から車の影がすっと入ってきたんです。「えっ?」と思った時にはどーんとぶつかっていました。
とっさに目をつぶりましたので、もうぶつかった時の様子というのは頭の中には残ってないんですけど、金属がグシャグシャグシャと一気につぶれていく音、何とも言えない鈍い音なんですが、それだけが頭の中にいまだに残っております。そんな車同士の正面衝突の事故でした。
車が何かドッカンドッカン動いて、ちょっと経って車の動きが止まったんで、「あ、止まったな」と思ってゆっくり目を開けましたら、もう目の前のフロントガラスがバーッと全面にヒビが入っている状態で、「ああ、事故に遭ったんだ」と思いました。
お互いにブレーキを掛けないままでぶつかったもんですから大変ひどい事故になりました。もうボンネットはぐちゃぐちゃで、右にあるべきハンドルが車の真ん中までずれていたんです。それくらい激しい事故でした。
私は鳥取市内にある赤十字病院というところに搬送されたんですが、これだけの大事故に遭って、車はもう本当に原形を留めてないと言っていいくらいのつぶれ方をしたんですけれども、骨一本折れなかったんです。見えるおかげだけでもすごく頂いたなあというふうに思うんですよ。
実は、目に見えないところでも、私はおかげを頂いたんだと思わせていただくんです。まず一番大きいものは、人との関わりですね。人の祈りであるとか人の働きということです。交通事故に遭われた方がおられるかもしれませんけれども、2度3度と遭いたいものではございません。事故だけではなく、火災などでもそうですが、何か事が起これば必ず周りで人が動いてくださるものであります。一生懸命に、全く関係ないのにその場に居合わせたからと言って世話をしてくださる方。私の交通事故の時にも、交通整理をしてくださったり、ずっと声を掛けてくださったり、お医者さんがいてくださったり、そういうお世話になった方々がたくさんおられます。皆さん知ってる人は、一人もおりません。そういう中で私は運ばれたわけです。病院でもお医者さんや看護師さん、いろんな方々にお世話になっております。
そして、祈っていただいているということもございます。私は、その当時鳥取教会にお参りさせていただいておりました。ですから、その鳥取の先生が交通事故に遭った時に本当に心配してくださって、ずっと毎日毎日ご祈念をしてくださっていました。私の母も、教会が病院から近かったので毎日お参りして、「こういう状況でございます」とお届けしてくれていました。
そのように皆が祈ってくださっていた。そのことも事故がなければ考えることすらなかったわけです。この祈っていただいているということに関しまして、極め付きと言いますか、都城で一つ起こっていました。それは、おばあちゃんの話です。
普段は離れて住んでいた父方の祖母ですけれども、その日はたまたま都城に泊まっていたのです。夕方、交通事故の電話がありまして、父も母も頭が真っ白になって、「どうしたらいいんだろう」とうろたえていたそうですが、そんな時にその祖母が、「どうぞこの度の事故が、この子にとって先のおかげになりますように」とお願いしてくれたそうです。
人の祈りというものがあって私自身が生かされているんだなあと、今日を生きているんだなあということに気付かせていただいたのは、この交通事故の時なのです。
(ナレ)この事故では、相手の人にもけがはなかったとのことです。もちろん、交通事故など起こらないに越したことはありませんが、この事故をとおして桒原さんが得た気付きは、何ものにも代えがたい貴重なものでした。桒原さんはこの体験が元で、後に金光教の教師になり、人助けにいそしむ毎日を送っています。
私たちは、生きている間にいろんな災難に出遭うものですが、その時には、桒原さんのように、目に見えない大切なものをつかみ取って、また力強く立ち上がりたいものですね。