●先生のおはなし
「いのちの羽ばたき」
兵庫県・西宮教会
西村明正 先生
(案内役)おはようございます。案内役の岩﨑弥生です。
皆さん、最近、空を見上げていますか? 「今日の天気」もスマホで確認し、空を見上げることが少なくなっている気がします。今日のお話は、大空を飛ぶ鳥を見てのお話です。
兵庫県金光教西宮教会・西村明正さんのお話で、「いのちの羽ばたき」です。
動物たちの生きる姿に、強く心を動かされる時があります。
例えば、ある夏の日のことです。私が訪れた動物園の野外ステージでは、鳥のパフォーマンス・ショーが始まろうとしていました。タカやワシやハヤブサが大空を駆け巡り、観客席のすぐ目の前を飛び抜ける、動物園の目玉アトラクションです。
ショーの舞台は、小振りのサッカー場のような芝生の広場。ぐるりと取り囲む観客席は、夏休みを楽しむ大勢の人で溢れ返っています。私たち一行も何とか空席を見つけて、陣取ることができました。
「それでは、ショーのスタートです!」
勢いよく声が響き渡り、続いて小さくホイッスルが鳴らされました。一瞬の間を置いて、会場の入り口に並んだ木立をすり抜けるようにして、大きなタカが滑らかに飛び出してきます。芝生のはるか向こうに立つ飼育員目がけて、翼をいっぱいに広げ、真っ直ぐに羽ばたいていきます。飼育員の腕に見事に着地を決めると、今度はこちらに向かって飛び上がりました。タカが舞うたびに、その雄大な姿に客席からは思わず声が漏れます。
タカに続いてワシ、ハヤブサ、フクロウ、そして最後はインコの群れが、そうやって大空を翔けていきました。
昨日まで続いた雨が嘘みたいに止んで、真っ青な空がどこまでも広がっています。照りつける太陽が、青空を行く鳥たちの姿を鮮やかに際立たせていました。その姿があまりにも美しく、輝かしくて、私は涙が溢れて止まらなくなってしまいました。
鳥たちが堂々と胸を張って、大きく翼を広げ、前だけを見据えて、澄み切った青空を真っ直ぐ飛んでいくように、そんなふうに私も生きていけたらいいのに…。そう思ったのです。
私たちは、気がつけばこの世界に生まれ落ちていて、何が何だかよくわからないまま、まるで背中を押されるようにして、待ったなしで人生が進んでいきます。
楽しいことばかりではありません。つらいこと、悲しいこともたくさん起こってきます。仕事で惨めな思いをしたり、出口の見えない人間関係に苦しんだり、病気の不安に苛まれたり。「どうして私はこうなんだろう」と嘆いてみても、持って生まれた自分の性分が変わるわけでもないし、置かれた境遇を誰かと取り替えるわけにもいきません。
そうやって、簡単には折り合いのつかない毎日を、それでも何とか折り合いをつけて生きている。それが私たち人間の、一面の姿なのではないでしょうか。
それでも私には、そのショーを見た時、美しく飛ぶ鳥たちの姿が、私たち人間に重なって見えたのでした。ショーの鳥たちも、私たち人間も、いや、あらゆる生命が、限定された条件の中を生きています。こうあるしかないそれぞれのいのちを、懸命に、果敢に飛び続けている。すべての生命が、与えられた状況や限界の中にありながら、なおも真っすぐに前を見据えながら、ひたむきにいのちを燃やして生きている。その姿は、たとえ地面を這いずり回っているように見えたとしても、大空を羽ばたく鳥のように美しく、気高く、尊いはずだと思ったのです。
私は鳥の飛ぶ姿に、人間が生きる本当の姿、いのちの姿を見たのかもしれません。その時、私はすべてのいのちに割れんばかりの拍手を送りたい気持ちに駆られました。
今日も世界中で、それぞれのいのちが、それぞれに与えられた舞台に向かって羽ばたいていきます。そのすべてのいのちの羽ばたきを、見守る誰かがいてほしいと願います。いや、どこまでも続くこの大空が、足元に広がるこの大地が、見守らずにはおかないはずだと、私は強く思うのです。
(案内役)いかがでしたか。
よそ見せずに、一生懸命生きている生き物に出会うと、そのけなげな姿に感動し、応援したくなるような気持ちになることがあります。西村さんは、雨上がりの真っ青な空に飛ぶ鳥の姿が輝いて見えました。その姿に人間を重ね合わせ、誰もが皆、どのような人生であっても懸命に大きく翼を広げ、前を向いて飛ぼうとしているという感動が湧き起こってきたようでした。そして、そこに人間が生きる本当の姿、いのちの姿を見、拍手を送りたくなったんですね。けなげに生きている私たち人間も神様が同じように、温かい眼差しで包んでくださっているのではないでしょうか。
私も今日は、空を見上げてみようと思います。何かを感じられるかもしれません。