●先生のおはなし
「生きていてくれてありがとう」
兵庫県
金光教洲本教会
松井金光 先生
(ナレ)おはようございます。案内役の大林誠です。わが子がある日突然、行方知れずになったら、親はどんなことを思うのでしょうね。想像しただけで胸が締め付けられますが、今日は実際にそんな体験をした人のお話です。兵庫県・金光教洲本教会の松井金光さんで、「生きていてくれてありがとう」。
4年前の秋、岡山県にある金光教の本部に10日間の出張中のことでした。ある夜、突然、家族から電話がかかってきました。当時中学2年生だった娘の姿がどこにも見当たらず、家出をしたのかもしれない…という連絡でした。
私は、前日まで娘とLINE(ライン)でやり取りをしていました。その日は、いつになっても「既読」にならなかったため、少し気にはなっていましたが、まさか、そんなことになっていたなんて…。そこまで苦しんでいた娘の声を聞いてあげることができていなかった自分に腹が立ち、親として、ショックを受けました。
実は、娘は中学1年生の途中から不登校になっていました。小学生の頃は、児童会の役員として積極的に活動する子で、中学校へ入ってからは、大好きな吹奏楽部に入部して、「高校は、憧れている吹奏楽の名門校に行きたい」と、毎日一生懸命活動していました。
そんな娘が、ある日突然、学校へ行く時間になっても布団から出てこなくなったのです。私は、初めのうちは、「ちょっと体がしんどいのかな?」というくらいにしか思っていませんでしたが、学校へ行こうとしない日が続けば続くほど、「このままでは内申点に影響してしまう。憧れの高校どころか、どこにも行けなくなってしまう」と、親として娘の将来が心配になり、毎日毎日、娘を布団から無理矢理引きずり出そうとする日々が続きました。
どうして学校へ行きたくないのか、本人に聞いても、はっきりとした理由は話してくれませんでした。そのうち私は、「きっと、親には言えないようなことがあるんだろうなあ。かわいそうに。せめて、家にいる間はゆっくりさせてあげよう」と思うようになって、それからは、無理に学校へ行かせようとすることをやめました。
娘が家出をしたのは、不登校になってから一年ほどが経った頃のことでした。家族から連絡を受けた私は、すぐにでも飛んで帰りたい思いでいっぱいでしたが、立場上そうはいきません。残っている家族が、心当たりのある人たちへ連絡を取ってくれましたが、誰も、娘からの連絡は受けていませんでした。
私はすぐに金光教本部の神前に駆け込んで、「どうか神様、何とか娘が無事でありますように。自殺をしたり、事件や事故に巻き込まれたりしていませんように」と、必死に祈り続けました。
しばらくして、家族から連絡が来ました。警察から、娘を保護しているから来てほしいと、電話があったそうです。しかしながら詳しい状況は分かりませんでした。
娘はどうして警察にいるのだろうか? どこもケガはしていないだろうか? 何か事件に巻き込まれたのではないだろうか? とにかく心配で、警察まで迎えに行った妻から連絡が来るまでの数時間、私は本部の山の上にある、金光教祖のお墓の前で、地面に額を擦りつけながら、必死に、娘の無事を祈り続けました。
数時間後、妻から連絡が入りました。娘は、心に溜まり続けていたいろいろな思いが爆発して、自殺をするために家出をしたのだそうです。ところが、家を出て街中を歩いていると、警察から声をかけられ、娘の状況を察した警察の方が、そのまま娘を保護してくださったのでした。
最悪の事態を免れることができ、私は、涙が止まりませんでした。神様が警察の方をとおして娘を助けてくださったに違いないと思えて、神様への感謝の思いで胸がいっぱいになりました。そして、娘が生きてくれていること、それがどれほど奇跡的なことなのか、どれだけすごいことなのか、愛しい人が「生きている」ということへの喜びを心の底から感じられるようになり、神様へ、ひたすらお礼を申し上げ続けたのでした。
あれから4年。娘は、その後も中学校へ登校することはありませんでしたが、今は、通信制の高校に進学して、将来はピアノの調律師になりたいのだと、新たな夢を追いかけています。
毎日、目を覚まして布団から出てきてくれる娘を見るたびに、笑顔で好きなことをしている娘を見るたびに、そのために一生懸命アルバイトを頑張っている娘を見るたびに、心の中に、熱いものが込み上げてきます。
生きていてくれて、本当にありがとう。
(ナレ)いかがでしたか。松井さんの、愛しいわが子にかける思いがひしひしと伝わってきますね。
失踪事件から4年が経った今もなお、松井さんは、生きていてくれるだけでありがたいと言います。でも私たち、なかなかそうはいかないものですね。どんなありがたい気持ちも、時とともに薄れていき、心配や苛立ちがぶり返して、子どもを責め立ててしまいがちです。
難を逃れたことだけでなく、生まれてきたこと、あの小さな赤ん坊がここまで大きくなったこと、その奇跡を、何度も何度も思い返しては、神様に感謝する。わが子の成長を見守る松井さんの温かい眼差しは、きっと、そんな日々の中で醸し出されてきたものなんでしょうね。