●私の本棚から
「傷跡の物語」

大阪府
金光教枚方教会
四斗晴彦 先生
おはようございます。大阪府にあります金光教枚方教会の四斗晴彦です。
金光教に関する書物の中から、後世に残したいお話を紹介する、シリーズ「私の本棚から」。今日紹介したいのは、令和6年4月に発行された、金光教栗原教会・藤原正幸著『道しるべ お結界百話』です。
今朝は、その中から、藤原さんの体に今も残る、「傷跡」にまつわるお話です。藤原さんは、今では70歳を超えられていますが、幼少時から怪我をすることが多かったそうです。最初の傷は幼稚園に入る前。近所の魚屋さんにお使いを頼まれ、出かけたところ、店先の運搬用自転車に高く積まれていた魚箱が崩れてきて、左足を直撃、骨折してしまいました。左足は内側に曲がって1センチほど短くなってしまい、以来、うまく歩くことができなくなりました。
では、そこから続くお話を朗読してみたいと思います。
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足を折ったことは、今もトラウマとして残っています。人前で歩く時は、とても緊張します。まして人前で走ったりすると、緊張で足がもつれます。とても消極的な性格になりました。
この年齢になった今でも、「この怪我さえなかったら、もっと違った人生があったのではないか」と、悔やむこともあります。
ところが、私が小学生の時から、そのことを口にすると、母がいつも、「何を言うの。それはおまえにとって、大切なおかげの証なんだよ」と言われました。
「神様が、おまえの命を救ってくださった、おかげの証なんだよ。神様から助けていただいた証なんだよ。不平なんか言って、どうするの。もっともっと神様にお礼を申しなさい」と言われました。
足を折ったことで、たくさん嫌な思いをしてきました。しかし、体の何倍もあるような重い荷物が落ちてきて、それが足だったからよかったものの、少しずれて頭の上に落ちてきていたら、どうなっていたか。その時に死んでいても不思議ではないのです。
母が言ったように、確かな「おかげの証」として、受けていかなければならないのです。今さらながらに、そう思い返すのです。
私にとって、自分の体に付いた傷跡は、つらい、悲しい、暗い思い出でしかありませんでした。しかし、母にとっては、その傷跡を見るたびに、「ああ、この子はあの時、神様に命を助けていただいたのだ」「ああ、あの時、神様が救ってくださったから、この子は今、ここにいるのだ」と頂いてきたのでしょう。母にとっては、まさに「おかげの証」以外の何ものでもなかったのです。
額のこめかみにも、傷跡が残っています。幼い頃、寝ていた私の頭に、大きな絵の額が落ちてきて出来た傷跡です。
その時のことは、鮮明に覚えています。血が噴き出し、顔中血だらけになりました。母が、神様に祈りながら、必死で出血を止めようとしました。この時も、少し当たり所が悪かったら、死んでいたと思います。
「おまえは、小さい時から、よく怪我をした。神様に格別、お手をお掛けしてきたんだよ」と、母がよく言っていました。額のこめかみにある傷跡もまた、私の「おかげの証」にほかなりません。
顔の顎には、八針縫った傷跡があります。小学校四年生の時、お風呂から上がった母に冷たい氷水を作ってあげようと、台所まで走ってホウキの柄につまづき、ガス台の角に顔面から転んだ傷跡です。
母は、この傷跡については、「おまえの親孝行の証だね」と言ってくれました。これも同じく、「おかげの証」です。
※表記は原典に基づいています。
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いかがでしたでか。
「この怪我さえなかったら、もっと違った人生があったのではないか」との藤原さんの言葉。「私も考えたことある!」という方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。タラレバを言っても、傷跡は消えない。それでも考えてしまう。
傷跡といっても様々です。目に見える傷跡、見えない傷跡。見えない傷跡も、相手を傷つけてしまったもの、誰かから傷つけられたもの…。
私の親指に残る傷跡は、小さい頃、プラモデルを作っていて、誤ってカッターナイフが突き刺さってしまった時のもの。この傷跡を見ると、幼少時代の無邪気な自分を思い出して心が柔かくなります。
反対に傷跡がうずく時もあります。見えない傷跡です。中学一年の頃、いじめられていた女の子がいました。私も同じようにからかったことがありました。私はその後、すぐに転校したので、これまで彼女には一度も会っていません。しかし、その時の彼女の表情が私をずっと苛(さいな)み続けました。触れたくない傷跡です。でもそっとその傷跡をなぞり続けていると、いつしか「今を恥じないように生きよ!」と私に教えてくれる証となりました。
傷跡に向かい合い、じっと耳を澄ませてみる。そこに刻まれている物語がだんだんと聞こえてきます。つらくても苦しくても耳を澄まし続ける。すると物語が動き始め、傷跡が違った表情を見せ始めるかもしれません。傷跡が愛しくなる日を祈りながら。