お世話になって百歳まで


●特選アーカイブス
「お世話になって百歳まで」

広島県
金光教尾道おのみち教会
小田原忠教おだわらただのり 先生


 「人に迷惑を掛けない」「自分のことは自分でする」という考え方は現代の私たちがより良い人間関係を成り立たせる上での基本となっており、それは子どもたちのしつけをはじめ、教育問題から老人問題まで幅広く、そして深く浸透しているように思います。
 迷惑を掛けないとか、自分のことは自分でするという生き方は、責任感や自立心を育てる意味からも、子どもを育てる上では大切なことで、誰も異論を挟む余地はないように思います。しかし、一方ではそういう考え方が進むあまり、人と人との温かい触れ合いを失わせ、他人に迷惑を掛けないということが家庭の中にも入り込み、「老人の孤独の原因の一部」ともなって浮かび上がってきているような気がしてなりません。
 今年93歳になる春代はるよおばあさんはとても元気で明るい人です。
 「できるだけ他人に迷惑を掛けない」「自分でできることは自分でする」ということを座右の銘としています。目もよく見え、耳もよく聞こえ、物事の理解力も素晴らしく、「あなたが本当に93歳」と聞き直したくなるほどしっかりしています。ご主人と息子さんには先立たれ、現在息子さんの奥さんとの二人暮らしですが、近所に嫁いだ娘さんやお孫さんも大勢おられ、みんな高齢のおばあさんを大切にしています。
 その春代さんですが、若い頃から、人より遅れることが嫌いという人でもあります。歩くのはいつでも先頭、団体で動く時は、集合場所へ一番に行き、待ち合わせ時間も必ず何分か早く行かなければ気がすみません。口を開けば「年を取っても人様や家族にできるだけ迷惑を掛けたくない」ということを言います。
 そんな春代さんもお年のせいか、最近になって足が痛く、ヒザに水が溜まるようになり、何日かに一度は病院で水を抜いてもらうようになりました。人より早く歩くことができなくなってきたんです。痛いのを我慢しているのでしょう、時には顔をしかめながら、それでも頑張って歩いています。家族の者や周囲の人たちは心配して「無理をしないように」とか「じっと休んでいないと治らないよ」と気遣います。
 ところが春代さんにとっては、そのように優しくされることがうれしい反面、自分自身にとってつらいことでもあるんです。それは、今歩くのをやめると、二度と歩けなくなり、寝たっきりになってしまうような気がして、そのことで家族に迷惑を掛けるのではないかと心配するからです。「みんな、『休め休め』と言うんですが、『頑張って歩きなさいよ、痛いからといって歩かないでいると、本当に歩けなくなるよ』と励ましてくれるほうがありがたいんです」と言います。そして、ヒザが痛くても歩くことをやめません。親切にされ、気遣いされることは、ありがたい、うれしいことなんですが、そのことに甘えることが、もうすでに心配や迷惑を掛けているのではないかと感じるようです。元気な時は、歩いて10分程で行けた金光教の教会への毎日のお参りも、40分程かけて、雨の日も雪の日も欠かしません。教会では、自分の足のことをはじめ、家族や周りの人たちのことを丁重に神様にお願いします。
 そのおばあさんの話を二、三聞いてください。
 「何倍もの時間をかけて歩いたら、不思議ですね。今まで目に留まらなかったことが見えるようになったんです。よその家の垣根越しに見える季節の花やら草が、また忙しそうに働いている人たちやら車やらが、今まで以上に目に留まり、これまで気づかなかったことに気づかされるようになり、そのことが、なんだかとてもありがたいという気持ちになるんです。それに、いろんな人に声を掛けられたりして、以前よりずっと話をすることが増えたんです。あいさつ程度ですけど、うれしいものですね」
 「私は足が痛いということに決して不足は言いません。言わないようにしたいんです。不足を言っては、ここまで長い間使わせてもらい、痛いながらもこうして働いてくれる足に申し訳ないですから」
 「これからも私は、今まで以上にいろんな人に迷惑を掛けるかも知れませんが、お世話になって、そして許してもらって百歳まで生きるんです。迷惑を掛けるのではなく、祈られて、見守られて、そして支えられて生きていくのですから、どんな時でも感謝の気持ちを忘れずにおりたいものです」
 春代おばあさんはこのように言うのです。いいなぁと思いませんか、「お世話になって許してもらって」という言葉。
 私はこの話を聞いて思うのです。今の時代、もっともっと人と人とが触れ合い、積極的にかかわり合うことを大切にしなければならないということです。
 おばあさんは、足が痛くなり不自由な毎日の中で、今まで以上に人との触れ合いが生まれ、周囲を見渡す目にも、それまでのかたくななものが薄れていき、感謝とゆとりの心が広がっていきました。
 「できるだけ人に迷惑を掛けない、自分ができることは自分でする」ということは、大切なことではありますが、人間は決して一人では生きていけるものではありません。むしろ、あらゆる人や物のお世話になって生きています。そのことへの感謝が、いつでもどこでも現されるようになりたいものであります。そして、人とのかかわりを大切にしたいと思います。


(平成7年3月15日放送)

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